『平安京は眠らない わかむらさきの事件記』|夏山かほる|中公文庫
最近、平安時代を描いた歴史時代小説を手にすることが多くなりました。大河ドラマ「光る君へ」の影響もあって、空前の平安本の出版ラッシュです。
これまで食わず嫌いのところがありましたが、読み始めたら、なんと面白いことか。この1年は平安ものにどっぷりと漬かっていきたいと思います。
夏山かほるさんの文庫書き下ろし時代小説、『平安京は眠らない わかむらさきの事件記』(中公文庫)は、若き日の紫式部が草子(仮名で書かれた短編)の「種」を求めて、都大路で起こる不可思議なことの謎を探る短編5話を収録した連作形式のミステリーです。
著者は、2019年、紫式部が著した日記の秘密をテーマにした『新・紫式部日記』で第11回日経小説大賞を受賞して同書でデビューしました。著書には、紫式部の娘賢子と『更級日記』の著者菅原孝標の娘が幻の作品を求めて旅をする『源氏五十五帖』があります。
元式部丞藤原為時を父に持つ小姫(のちの紫式部)は、「物語の女房」として左大臣源雅信の娘・倫子に仕え、「光る君」を主人公とする短編が評判になりつつある。倫子の要望で次々と執筆するうちに創作の「種」に詰まった小姫は、幼馴染みの月乃に「取材」へ誘われ点……。若き日の紫式部が、相棒とともに都大路の「謎」い迫る!
(『平安京は眠らない わかむらさきの事件記』カバー裏の紹介文より)
「光る君」を主人公とする短編が評判になりつつある、小姫(のちの紫式部)は、左大臣源雅信の娘で、藤原道長の正室である倫子(りんし)の要望で次々と執筆するうちに、ネタに詰まってしまい悩んでいます。
隣に住む受領(中流貴族)の娘で、二十歳の幼馴染みの月乃に誘われて、都の謎を取材に行くというのが本書の基本パターン。
二人のお出かけには、月乃の父の荘園を管理している下級荘官の息子で、鶴丸が牛飼童代わりに、牛車で二人を送迎します。
好奇心旺盛な月乃に対して、一つ年下の鶴丸は手厳しいですが、調べ物も得意でいろいろ役に立っています。
アオジマイコさんの表紙イラストに描かれた、三人のバランスが実に良いです。
倫子の感想を聞くことは、注文受けて書く小姫にとって、重要な査定を受けるようなものです。しかし、最近は以前のように筆が進まなくなっていました。自分の思うように気ままに書いていた頃と、倫子に見せるために書く今とでは、執筆の意識が異なるようでした。
「六条の廃院」
先帝の子、七の宮の恋の噂が宮中で話題になっていました。
今は住む人もなく荒れ果てた、名邸の名残を残す大邸宅で、卑しい身分の女とお忍びで逢っていると噂されていました。
「私など、時を告げなくなったら用なしの鶏のようなものです。それでなくとも嫉みの目で見られることがあります。そんなことを考えながら物語を創るのは至難の業です」」
小姫は再び溜息をついた。
「近頃は一向に筆が進みません。これまでは漢籍や草子をもとに、自分の好きなように綴ってきましたが、どうやらそれだけでは話の種がつづかぬようです」
(『平安京は眠らない わかむらさきの事件記』 P.24より)
小姫が一人の頭で考えるのには限界があり、外に出て、実際にその場所へ行って見聞してみなくてはと言いながらも、どこへ行けばよいかわかなないと、月乃にこぼしました。
月乃は、七の宮が女と逢瀬を持っているという廃院に行ってみようと提案し……。
そこで、小姫ら三人が見たものは?
「尋ねゆく幻術師」
花山院の出家が寛和二年(986年)なので、物語に描かれているのは正暦二年(991)となります。
五年前に出家した花山院が密かに産ませた、数え六歳の姫宮が、絵巻に合せて光る君の物語を作者自ら音読してほしいという願いが倫子の元に伝えられ、小姫は月乃を供に、姫宮の住まいを訪れました。姫宮は病弱ながら、聡明で物語に興味が尽きない様子で、本日の話を終わりにした小姫に対して、絵巻と草子を置いていくように懇願し……。
「あこがれの草子」
小姫は、「光る君」の短編が好きで、二次創作するという少女雀子に会いました。それはかつての自分を見るようでした。ところが、それから一月が経った頃、自分の新作に悪評が立っているという話を聞きました。どういうことでしょうか?
「車争い」
賀茂の祭が近づいてきた頃、祭の儀式で勅使をつとめる桜の中将が注目の的となっていました。桜の中将には、山科の大殿の姫君と堀川の大納言の姫君の、二つの恋の話がうわされていました。
そんなある日、山科の姫君に仕える女房が、物語に断りもなく夕姫さまを手本にした人物を登場させるなどとんでもないと談判に来ていました。
「小姫の物語に登場する人物は、一見誰かを手本にしているように見えますが、様々な典拠に由来して拵えています。実在の誰か一人だけを模したものではありませぬよ」
(『平安京は眠らない わかむらさきの事件記』 P.174より)
倫子は小姫を庇うと、山科邸に仕える女房は忌々しげに矛を収めましたが……。
「鳴滝参り」には、藤原兼家の側室で、『蜻蛉日記』の著者藤原道綱の母が登場し、先輩作家として、創作に悩む紫式部にアドバイスする場面もあります。
作家、あるあるという感じで、紫式部の言動に共感できるところがあって、その点にも惹きつけられました。また、「物語の女房」として仕える小姫と倫子の関係も興味深くて物語の世界をどっぷりと浸ることができました。
小姫、月乃、鶴丸という、魅力的な三人のキャラクターが活躍する、痛快な平安ミステリーは、読み味も爽快で、楽しめました。。
続編が読みたくなる、素敵な作品です。
平安京は眠らない わかむらさきの事件記
夏山かほる
中央公論新社・中公文庫
2024年2月25日初版発行
カバーデザイン:片岡忠彦
カバーイラスト:アオジマイコ
●目次
第一話 六条の廃院
第二話 尋ねゆく幻術師
第三話 あこがれの草子
第四話 車争い
第五話 鳴滝参り
本文282ページ
文庫書き下ろし。
■今回取り上げた本
『新・紫式部日記』(夏山かほる・PHP文芸文庫)
『源氏五十五帖』(夏山かほる・日経BP/日本経済新聞出版本部)
『平安京は眠らない わかむらさきの事件記』(夏山かほる・中公文庫)