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野菊に託された想い。盗賊の兄の真相を追う、土御門第の女房

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『のちに更に咲く』|澤田瞳子|新潮社

のちに更に咲く恋と権力争いに胸がキュンキュンする、良質の少女漫画のような大河ドラマ「光る君へ」にハマり、毎週楽しく見ています。おかげで、平安時代の知識も少しずつ増えてきました。
平安時代を描いた歴史時代小説を読みたくなるのも自然の流れかもしれません。

澤田瞳子さんの『のちに更に咲く』(新潮社)は、紫式部の時代を舞台にした、華麗な平安絵巻ミステリーです。

藤原道長の権勢を転覆させようと京を暗躍する盗賊たち。その首魁が死んだはずの兄だと聞いた。道長邸勤めの女房・小紅は盗賊の正体を追い始める。折しも中宮・彰子の懐妊が判明し、道長の栄華の月が満ちようとする中、王朝の禁忌が明らかになる――

(『のちに更に咲く』カバー帯の紹介文より)

藤原道長・倫子夫妻の屋敷、土御門第の女房、小紅(こべに)は二十九歳。
二十歳の時に父・藤原致忠(むねただ)は、酒席で、旧知の橘輔政(すけまさ)の息子と郎党を殺害して東国へ逃げ去り、朝廷より派遣された捕縛使に囚われて佐渡へ流罪になりました。

以来、罪人の娘に言い寄る物好きな男はなく、土御門第で殺人者の子女として肩身の狭い日々を送っていました。

小紅と親子ほど年が違う兄・保昌は、肥後守兼太宰少弐に任ぜられて、領地に赴かない遙任で任国の政を執る実直な能吏です。末兄の保輔は、十九年前、盗賊として都を荒らし回った末に、追捕使に追われて腹を切って亡くなっていました。
保輔は、郎党の足羽忠信によって居場所を密告されて、捕らえられてしまったとも。

ある日、同僚の命婦ノ君から末兄の保輔の話を聞きました。

「あなた、ひょっとして何もご存じないの」
「何もって」
「このところ都の人々は、袴垂の正体は二十年前に死んだはずのあなたの兄、藤原保輔どのではないかと噂しているのよ。捕縛の衆を前に割腹して自害を図り、獄舎で亡くなったのは、身代わりにさせられた手下の一人。当人は上手く逃げ遂せ、また盗人として姿を現したって評判だわ」
 思いもよらない話に、言葉が出ない。小紅はただただ目をみはった。

(『のちに更に咲く』 P.31より)

鮮やか過ぎる盗みの手口や、正体を掴ませないその動きがかつての保輔とそっくりだという検非違使の衆もいると。

盗賊の正体が気になり始めた小紅のもとに、「世の中は かくこそありけれ吹く風の 目に見ぬ人も恋しかりけり」(紀貫之)の歌を添えた文が牛飼童によって届けられます。

しかし、殺人者や盗賊の家族としての悪評が高いことが負い目の小紅は、興味本位と思い、胸の中が冷え、返歌をしたためずに、使いの童を追い返してしまいます……。

恋に縁遠い小紅に文を送ったのは誰で、何の目的があるのでしょうか?

物語は、貴族の屋敷を次々に襲い、大盗袴垂を想起させる盗賊たちと、彼らの捕縛に躍起になる検非違使の大尉・足羽忠信。さらに実直で、二十歳で娶った妻女以外に浮いた話がない保昌と、冷泉帝の皇子と相次いで浮名を流した稀代の浮かれ女、和泉式部の関係が描かれていきます。

道長と倫子の長女で、今上帝の中宮彰子が懐妊し、生家の土御門第に退出していたときのことです。

「まあ、あのお方が? 意外とお年を召しておいでなのね」
「あの輝く日ノ宮の物語の書き手にしては、えらく地味なお人だこと」

(『のちに更に咲く』 P.224より)

彰子に仕える女房たちも、いっしょに土御門第にやってきました。
その中には、出産の一部始終を書き留めるように道長に命じられた、『源氏物語』の筆者、藤式部(紫式部)の姿もありました。

29歳の今まで引け目を感じて生きてきた小紅が、悩んだり、戸惑ったり、胸を焦がしたりするところが魅力的で、真実を追う冒険にワクワクします。
紫式部や和泉式部にも引けをとらない、平安ヒロインです。

また、外祖父として、栄華を極め、絶大な力を得る道長を描き、その裏で封印された悲恋、複雑に織り込んだ謎を綴った華麗な王朝ミステリー。

タイトルは、「不是花中偏愛菊(これ花の中に偏に菊を愛するにはあらず) 此花開後更無花(この花開けてのち更に花のなかればなり)」という元稹の漢詩から名付けられているが、物語の中で、菊の花が効果的に使われていて、深い趣きを与えています。

著者には、『栄花物語』の作者で、歌の名手・赤染衛門(大河ドラマでは凰稀かなめさんが演じていました)を描いた王朝時代小説『月ぞ流るる』もあります。
あわせて読んでみたいものです。

のちに更に咲く

澤田瞳子
新潮社
2024年2月15日発行

装画:村田涼平

●目次

一 河原菊
二 かくれ花
三 天つ星
四 置く霜
五 残り香
六 形見草

本文351ページ

「小説新潮」2023年1月号~11月号掲載

■今回取り上げた本


澤田瞳子|時代小説ガイド
澤田瞳子|さわだとうこ|時代小説・作家 1977年、京都府生まれ。同志社大学文学部卒業、同大学院博士前期課程修了。 2010年、『孤鷹の天』でデビューし、同作で第17回中山義秀文学賞を受賞。 2013年、『満つる月の如し 仏師・定朝』で第2...