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地獄を二度見、歴代天皇から消された光厳帝の激烈な生涯とは

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『風と雅の帝』|荒山徹|PHP研究所

風と雅の帝荒山徹(あらやまとおる)さんの歴史小説、『風と雅の帝』(PHP研究所)を紹介します。

NHK大河ドラマのおかげで同時代を描く小説も多数発行され、鎌倉時代や平安時代について、学ぶ機会が増えてきました。その一方で室町時代を扱った作品は少なく、とくに南北朝の歴史がよくわかりません。

本書は、南北朝時代の北朝初代天皇となる、光厳(こうごん)帝の激動の生涯を描いた長編歴史小説です。
著者は、伝奇時代小説の傑作『高麗秘帖』でデビューし、2017年、『白村江(はくそんこう)』で第6回歴史時代作家クラブ賞(日本歴史時代作家協会賞の前身)作品賞を受賞しました。

皇位継承が持明院統と大覚寺統で交互に行なわれていた鎌倉時代後期、量仁(のちの光厳天皇)は持明院統の期待を背負って即位したが、幕府を倒した前帝・後醍醐によって即位そのものを否定される。その後、後醍醐と敵対した足利尊氏に擁立されることで“治天の君”となるも、尊氏の裏切りによって南朝の囚われの身に……。己の生きる道を見失い、虚しく葛藤する中で見出した、現代に繋がる「天皇の在り方」とは。

(『風と雅の帝』カバー帯の説明文より)

正和二年(1313)に、後伏見天皇(胤仁)と西園寺家の娘・寧子の間に生まれた量仁(かずひと、後の光厳天皇)は、父の後継として天皇になることを期待されて育てられました。持明院殿という名の広大な屋敷に、父(後伏見上皇)と母(西園寺寧子)、祖母(故伏見上皇の正室)と叔父富仁(花園上皇)と一緒に暮らしていました。

「天皇とは、最高の徳を備えた存在でなくてはならないんだよ、量仁」
 二十三歳、若き上皇の叔父は、七歳になったばかりのわたしにそう語りかけた。
「徳とは何か。答えは儒学にある。儒学の経典を熟読玩味してこそ、徳を体得し得るんだ。そして経典を読むためには、文字を知らなければ話にならない」

(『風と雅の帝』P.14より)

学問に優れた叔父から儒学を、琵琶の名手の父から音楽を、和歌の師は歌人でもあった祖母と、理想の天皇に必要な帝王教育を受けます。

当時、父から子へ一系で連綿と九十代近く繋いできた天皇家が二つに分裂していました。
兄流の皇統「持明院統」と弟流の皇統「大覚寺統」が十年をめどに交互に天皇を出し合う、両統迭立(りょうとうてつりつ)の時代でした。

量仁、十二歳のとき、大覚寺統の今上(後醍醐)天皇は、密かに倒幕を企てますが、その計画は露見し、寵臣の日野資朝が佐渡に流罪となって一件落着しました。

その二年後、皇太子が急死し、量仁が皇太子に立てられました。さらに三年が過ぎ、量仁は十七歳になりました。
倒幕未遂事件から五年、今上天皇は在位十一年を迎えていました。

東宮元服の儀のために、三年ぶりに内裏参上していた量仁は、今上から「少し話そうか」と声を掛けられ、天皇になる抱負を訊かれました。

「特には――考えておりません」
「何と」
「その時になって考えればいい、そう思っています」
 わたしは本心を口にした。実に素直に、軽やかに、滑らかに言葉は転がり出たものだ。

(『風と雅の帝』P.45より)

摂関を置かずに自ら政治を執った醍醐帝に憧れて、後醍醐を自身の諡号とするという今上に対して、何とも爽やかな答え。
そして、量仁は逆に、

「お訊ねいたします。天皇とは何でしょうか」
 わたしの単刀直入な問いに、後醍醐は弛緩した表情のまま、何だ、そんなことかと言わんばかりの調子で、さながら目の前の羽虫を無意識に払いのけるように答えてくれた。
「日本国のあるじぞ」

(『風と雅の帝』P.47より)

片や天皇になるために懸命に徳を学ぶ皇太子、片や権力を振るうことのみを欲する帝。
対照的に二人は、量仁は、この後も後醍醐帝に悩まされ、翻弄されていきます。

幕府を倒した後醍醐によって、天皇の即位そのものを否定され、その後、後醍醐と対立した足利尊氏に擁立されて“治天の君”となりますが、尊氏の裏切りにより南朝に囚われの身に……。

南北朝時代は、後醍醐南朝と尊氏北朝の政権争いというだけでなく、持明院統と大覚寺統の皇統対立もあり、さらには尊氏と直義兄弟の権力抗争も加わり、麻の如く乱れていて、物語好きを興奮させます。
量仁の目線で歴史のダイナミズムが描かれていき、いつの間にか手に汗を握っていました。

幾多の苦難にも負けずに、量仁は、叔父が天皇のあり方を示した『誡太子書(かいたいしのしょ)』を座右の書として、学問に励み徳を積んで、聖賢の天皇を目指していきます。
量仁は学問だけでなく、“治天の君”として勅撰和歌集『風雅和歌集』(タイトルの「風と雅の」はここから取られたものか)を撰集し、その一方で、探題の北条仲時から筋肉の鍛錬の方法を教わり、それを日々実践していく「筋肉天皇」ぶりを発揮する面もあって、何とも爽やかで魅力的な歴史ヒーローとして描かれています。

戦前からの皇国史観と、北方謙三さんの南北朝小説の影響もあって、どちらかと言えば南朝びいきでしたが、本書で、北朝にも熱く、凄い帝がいたことを知って歴史の面白さと感動を覚えました。

風と雅の帝

荒山徹
PHP研究所
2023年9月26日第1版第1刷発行

装丁:芦澤泰偉
装画:影山徹

●目次
序ノ章 野風はげしみ
薫風ノ章 ゆきてかよふ夢てふものの
血風ノ章 身こそあらめ
疾風ノ章 わたりえぬ道ぞ
凄風ノ章 朽ちてのちしも
烈風ノ章 むかひなす心に
傷風ノ章 世の色のあはれは
霜風ノ章 あすともなしの
雅風ノ章 おのが色なき雪

本文344ページ
書き下ろし

■今回取り上げた本



荒山徹|時代小説ガイド
荒山徹|あらやまとおる|時代小説・作家 1961年、富山県高岡市生まれ。上智大学卒業後、新聞記者を経て、作家となる。 2008年、『柳生大戦争』で第2回舟橋聖一文学賞受賞。 2017年、『白村江』で第6回歴史時代作家クラブ賞(作品賞)受賞。...