『はぐれ又兵衛例繰控(八) 赤札始末』|坂岡真|双葉文庫
坂岡真(さかおかしん)さんの文庫書き下ろし時代小説、『はぐれ又兵衛例繰控(八) 赤札始末』(双葉文庫)を読みました。
著者は2022年に、本シリーズと「鬼役」「鬼役外伝」シリーズ(光文社文庫)で、第11回日本歴史時代作家協会賞シリーズ賞を受賞されました。
主人公の南町奉行所の例繰方与力をつとめる平手又兵衛は、出世や権力争いに全く興味がなく、奉行所内で「はぐれ」と呼ばれる変わり者。
本書は、内勤の町方役人の又兵衛が、表立って裁けない悪に対して、陰で密かに懲らしめる、痛快シリーズの第8弾です。
炎のなかにうずくまる猫が描かれた一枚の赤い札。「火を付けるぞ」と脅す目的で貼られるこの火札が、神田佐久間町の三軒の髪結床に貼られていたという。御用部屋の自身の小机のうえに、何者かが同じ火札を置いたのをみつけた又兵衛は、風読みの達人と呼ばれる老風烈廻り同心とともに、火札騒動の謎を追うのだが――。怒りに月代朱に染めて、許せぬ悪を影裁き。時代小説界の至宝坂岡真が贈る、令和最強の時代シリーズ第七弾!
(『はぐれ又兵衛例繰控(八) 赤札始末』カバー裏の内容紹介より)
文政六年(1823)の年明け。
地震が江戸の町を襲った日、又兵衛は惚けが進んだ義父の主税と円座の松で知られる青山の龍巌寺へ遠出をした帰り、赤坂の三分坂(さんぶんざか)で、脇腹をえぐられて臓物がはみ出した、死骸に出くわします。
「齢は四十前後か」
泥鰌髭を生やしているものの、自分と同年配であろうと、又兵衛はおもった。
「ん、左手首を失っておるぞ」
かたわらにしゃがんだ主税が漏らす。
「こいつは無冤録述(むえんろくじゅつ)に載せてもよい奇妙な屍骸だな」
又兵衛は大いに興味をそさられた。「無冤録述」なる分厚い手引書は上下巻からなる唐渡りの翻訳本で、検屍の心構えや留意点、死因と死体にあらわれた特徴などが詳述されている。(『はぐれ又兵衛例繰控(八) 赤札始末』「為せば成る」P.13より)
現場に北町奉行所の例繰方で検屍与力を兼ねる根張作兵衛が現れて、仏は町医者で物盗りか物盗りにみせかけた顔見知りの愚行であろうと。しかも、左手首が死後に切断されていると検屍の見立てを話しました。
何ゆえに左手首を断ったのでしょうか?
話しかけてきた又兵衛に対して、北町の扱う不審事ゆえに、口を挟まうな、すっこんでおれと横柄な態度で追い払いました。
が、真実を知るのに、北も南もないと、又兵衛は独自の探索を始めることに。
調べを進めると、元幕臣の父と娘、掏摸の父と娘という二組の親子が事件に絡んできました(「三分坂の殺し」)
なお、青山の竜岩寺(龍巌寺)にあった円座の松は、この作品が描かれている時代の後、天保年間に葛飾北斎の「冨嶽三十六景 青山円座松」にも描かれていて、江戸の人たちには馴染みの場所だったのです。
本書は、ほかに表題作の「赤札始末(あかふだしまつ)」と「駱駝の瘤(らくだのこぶ)」の連作中編三話を収録しています。
「駱駝の瘤」には、駱駝の瘤からしみ出した膏を薬として大道で売る、偽の膏薬売り左金次が登場し、左金次は女衒に売られた娘を捜し出すことが目的で、又兵衛と行動を共にします。
江戸に駱駝がやってきたのが文政七年と言われていますが、第1巻の『駆込み女』から始まる、本シリーズの魅力として、江戸の風物や風習、土地の名所や謂れなどを巧みに物語に取り入れて、知的好奇心を満たしてくれることも上げられます。それは大人の読書の楽しみです。
奉行所内で群れることを嫌い、人付き合いがすこぶる悪く、上からも下からも鬱陶しがられる又兵衛ですが、真実を知りたいという思いが強く、人情味厚い面も兼ね備えています。十年前に実父を失い、まだら惚けの義父の面倒を見ることに得がたい幸せを感じるという又兵衛に好感が持てます。怒りに月代朱に染めて、許せぬ悪を影裁きをする又兵衛は、小者の甚太郎から、頭からくちばしにかけて赤い色をした鳥に似ていると、「鷭(バン)の旦那」と呼ばれています。が、私、うかつなことに、本書の表紙装画でも月代部分がうっすらと赤みがかっていることに気が付いていなかったです。
確認してみると、村田涼平さんが描く表紙装画は第1巻から毎回、又兵衛の月代は朱に染まっていました。
はぐれ又兵衛例繰控(八) 赤札始末
坂岡真
双葉社 双葉文庫
2023年11月18日第1刷発行
カバーデザイン:鳥井和昌
カバーイラストレーション:村田涼平
●目次
三分坂の殺し
赤札始末
駱駝の瘤
本文316ページ
文庫書き下ろし
■今回、紹介した本