『大江戸秘密指令3 お殿様の出番』|伊丹完|二見時代小説文庫
映画マニアで、落語やミステリにも造詣が深い、伊丹完(いたみかん)さんの文庫書き下ろし時代小説シリーズ「大江戸秘密指令」シリーズ。
個性的で多彩なキャラクターが登場する、ハリウッドのエンタメ映画を連想させる、肩の凝らない、痛快さが魅力です。
『大江戸秘密指令3 お殿様の出番』(二見時代小説文庫)は、シリーズの最新作で。
老中の元家臣たちが長屋の大家と店子に身分を変えて市井で暮らす隠密となって、江戸の悪を痛快に懲らしめる「大江戸秘密指令」シリーズの第3作です。
長屋の店子で世直し隠密の一人、橘左内はガマの油を売る湯島天神で若い娘が男に包丁で切りかかられるのを助ける。そこには危険な南蛮煙草が絡んでいた。男は老舗菓子屋の倅だったが、店の菓子にも怪しい噂。一方、隠密たちの元締め、藩主で老中の松平若狭介は菓子屋の主に騙されそうになるが、そこには黒幕が……。そこで、若狭介は自ら悪人成敗に乗り出すのだった。
(『大江戸秘密指令3 お殿様の出番』カバー裏の説明文より)
日本橋田所町にある勘兵衛長屋は、九人の店子全員が出羽小栗藩松平家の元藩士たちで、今は町人に身をやつして、藩主松平若狭介の秘密の指令で、巷の悪を摘発する世直しの隠密たち。
十軒長屋には、北側の木戸のとっつきに産婆のお梅、その隣が順に大工の半次、ガマの油売りの浪人橘左内、鋳掛屋の二平。南側が手前から箸職人の熊吉、小間物屋の徳次郎、易者の恩妙堂玄信、飴屋の弥太郎、女髪結のお京が住んでいて、北側の奥が空き店となっています。
ひとり一人のプロフィールを紹介していくだけで、ワクワク感が高まっていきます。
浪人の橘左内は、元は国元の馬廻役。剣の達人でしたが、三年前に城下の御前試合に勝ち抜き不服を訴える相手と真剣勝負となり、得意の居合で倒したが、相手の命を奪ったことで、国元に居づらくなって、身分を捨て隠密となりました。
今は、両国や浅草の盛り場で、ガマの油売りの大道芸をやっています。
はじめに左内は、香具師の親方の元に通って、子分からガマの油売りの手順を教わりました。
「手前、持ちいだしたるは、これにある四六のガマの油じゃ。さて、お立ち合い、四六、五六はどこでわかる。前足の指が四本、後足の指が六本、これを名づけて四六のガマ。あの、よろしいかな」
「なんです」
「このガマの置物はたしかに前足の指が四本、後足が六本にできているが、そのようなガマがおるのであろうか」
「橘さん、そんなところで引っ掛かってちゃだめだよ。口上なんだから、それらしく言えばいいのさ」(『大江戸秘密指令3 お殿様の出番』P.37より)
左内と子分とのやり取りが落語のように面白く、クスッと笑わせながら、ガマの油売りの口上が耳に入ってきます。
江戸の風習に精通し、寄席にも足しげく通っている著者ならではの場面。
その日、参詣客でにぎわう師走の湯島天神で、ガマの油売りをしていた左内は、「きゃああ」という女の悲鳴を聞きました。
(前略)左内のちょうど手間で若い娘に手を引かれていた老女が腰を抜かし、うずくまる。そこへ包丁の男が目を血走らせて近づいた。
「おのれ、思い知れ」
男は包丁を振り上げ、老女を庇っていた娘に斬りかかろうとする。
「危ないっ」
だれかが叫んだ。
左内はなにも考えず、目にも留まらぬ速さで駆け寄った。拳の当て身が男の腹に直撃する。(『大江戸秘密指令3 お殿様の出番』P.46より)
男はなにゆえ、参道で娘に斬りかかったのでしょうか?
左内によって取り押さえられた男は参道近くの自身番に留め置かれました。
下谷広小路の大店の菓子屋岡田屋の番頭義助が主の名代で菓子折りを持って引き取りに現れ、男は十七になる若旦那清太郎だと言い、気の病で店の奥に押し込めていたが、歳末で店が慌ただしく見張りが目を離した隙に抜け出して騒動を起こしたと。
岡田屋は、干菓子と栗餡をひとつに絡め、秘伝の薄皮で包んだ銘菓の加羅栗(からくり)が評判で、一つ二十五文の高級菓子は武家の贈答用にも使われるほどです。
折しも、北町奉行が柳田河内守から戸村丹後守に交代したばかりで、奉行所は取り込み中ということから、地元の御用聞き、天神下の文七の口添えもあって、清太郎は解き放たれて、義助と店に帰っていきました……。
三題噺のように、通り魔未遂事件と、客を虜にする銘菓の味、新任の北町奉行の正体というように、謎が複雑に絡まって物語が展開していきます。
今回は、彼らの主君である、老中で藩主の松平若狭介も、ある事件に巻き込まれてしまうところも読みどころの一つ。
絵草子屋亀屋の主人で、長屋の大家である勘兵衛の指図のもと、長屋の住人である隠密たちが、それぞれの得意技を生かして、謎を暴き、悪に鉄槌を下す、必殺パターンが痛快至極でスカッとします。
大江戸秘密指令3 お殿様の出番
伊丹完
二見書房 二見時代小説文庫
2023年11月25日初版発行
カバーイラスト:安里英晴
カバーデザイン:ヤマシタツトム(ヤマシタデザインルーム)
●目次
第一章 湯島の油売り
第二章 菓子屋の息子
第三章 煤払い
第四章 桃源郷の闇
本文285ページ
書き下ろし。
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『大江戸秘密指令1 隠密長屋の十人』(伊丹完・二見時代小説文庫)(第1作)
『大江戸秘密指令2 景気回復大作戦』(伊丹完・二見時代小説文庫)(第2作)
『大江戸秘密指令3 お殿様の出番』(伊丹完・二見時代小説文庫)(第3作)