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白洲で繰り広げられる、八丈島娘の化けもの敵討ち譚

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『化けもの 南町奉行所吟味方秘聞』|藤田芳康|河出文庫

化けもの 南町奉行所吟味方秘聞藤田芳康(ふじたよしやす)さんの文庫書き下ろし時代小説、『化けもの 南町奉行所吟味方秘聞』(河出文庫)を紹介します。

著者は、1957年大阪生まれ。大学を卒業して、コピーライターとして活躍。1998年に映画脚本『ビービー兄弟』でサンダンス/NHK国際映像作家賞を受賞し、制作・監督も行い、2002年ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で南俊子批評家賞を獲得しました。
日本映画監督協会および日本シナリオ作家協会会員で、映画人でもあります。

2020年には、初の小説「太秦―恋がたき」で第1回京都文学賞優秀賞を受賞し、解題した『屋根の上のおばあちゃん』で小説家デビューしました。
本作は2作目で、初の時代小説となります。

お白洲に現われたのは、窃盗の罪に問われた女性・お絹。微罪ながら犯行動機についていっさい語ろうとしないお絹は、長引く吟味の果てに、敵は化けものだと漏らす。化けものとは一体誰なのか? そして彼女が捕まった真の狙いとは? 全てが明らかになる時、驚愕のどんでん返しが待ち受ける。
異色の経歴を持つ著者による華麗な時代小説デビュー作が、文庫書き下ろしで登場!

(『化けもの 南町奉行所吟味方秘聞』カバー裏の内容紹介より)

桃井筑前守憲蔵は、三年前の三十八のときに、大岡越前守忠相を凌ぐ出世の早さで南町奉行に就いたやり手。しかも、わずか二百石の旗本から三千石を食む町奉行にまでのし上がった強運の人でもあります。

城中への出仕を終えて南町奉行所に戻った桃井は、吟味方筆頭与力の近藤辰之助から声を掛けられました。

「お帰り早々、申し訳ありませぬが、私どもだけでは御し難い、まことに厄介な一件が生じました。ご足労ではございますが、お白洲までお出ましいただけませんでしょうか」
 近藤の言葉に桃井はすぐには答えなかった。
 世を騒がせるような重大な事案でもない限り、奉行自らが詮議の場に赴くことは滅多にないのだ。初回の調べがか申し渡しの際に顔を出すのがせいぜいで、大抵の吟味は与力たちに一任することになっている。

(『化けもの 南町奉行所吟味方秘聞』P.10より)

近藤は与力には珍しい人情家で、罪人の話にじっくりと耳を傾けることで真実の声を吐露させることを身上にしていて、拷問をしたことが一度もないことが一つの名誉であり、小さな誇りとなっていました。

一方の桃井は町奉行を拝命して三年余り、その激務に少し疲れを感じていましたが、「平らな道より険しき道を歩け。いばらの道は良き道じゃ」という養父の教えを思い出し、白洲の与力の背後に置かれた屏風の陰に隠れて、顔を出さずにそっと吟味の様子に聞き耳を立てることにしました。

科人(とがにん)は、品川宿の旅籠尾張屋の女中お絹で、齢は二十歳で凛とした面立ちの美しい娘でした。お絹は泊まり客の道中差を盗んで斬りつけ、手に軽い怪我を負わせたとのこと。
その罪自体は下調べの段階から認めているにもかかわらず、なぜか犯行の動機については一切語ろうとしません。

奉行所の取り調べは自白を絶対とし、自白調書と呼ぶべき“吟味詰りの口書”に科人自身の爪印を押させることが第一でした。ところがお絹は女で、女に拷問をするのは御法度という建前になっていました。
何を訊いても沈黙を返すだけのお絹に同心たちも手を焼き、畏れながら奉行に助けを求めてきたわけです。

近藤はお絹本人の自白が得られぬために、お絹を知る者たちを尋問して証言を集めることにしましたが、旅籠の主や奉公人仲間、住んでいる長屋の家主も、身持ちが堅くて仕事熱心、男出入りもなく、正直者として評判、気立てもよくて思いやりのある娘だと、良い話ばかりです。

吟味が進み、近藤がこれまでの話から自分の推理を話すと、沈黙を守っていたお絹が突然、敵討ちのために刀を盗んだと喋り始めました。

「そちは一体誰を殺そうとした? 討つべき敵は何者であったのか?」
「敵は、化けものでございます」
「化けもの?」
「はい。わたしが殺したい相手は、化けものでございます」
 お絹の声が響いたとたん、誰もが言葉を失った。

(『化けもの 南町奉行所吟味方秘聞』P.44より)

お絹は、化けものというのは戯れ言ではなく、私の話を最後まで聞いていただければ、まさにその相手が化けものだということがよくわかってもらえると。
お絹は、自身が生国を偽っていて、本当は八丈島で代々続く織屋の娘であることから話し始めました。それは長い話でした。

お絹は何のために、八丈島から江戸へできてきたのでしょうか?
お絹が話した化けものは、一体誰のことなのでしょうか?
その長い話に、近藤や、桃井はどんな反応を示すのでしょうか?
著者はどんな結末を用意しているのでしょうか?

白洲で語るお絹の話が面白くて引き込まれていきます。
映画の脚本家出身の著者らしく、お絹の語る話が視覚的なイメージとして目の前にぱあッと広がっていきます。言葉だけで情景から心情まで、表現していくところが見事です。
そして化けものの正体が明らかになったとき、物語は最高潮を迎えます。

次の作品ではどんな物語を紡いでくれるのか、楽しみになりました。

最近、蝉谷めぐ実さんの『化け者手本』(KADOKAWA)、箕輪諒さんの『化かしもの 戦国謀将奇譚』(文藝春秋)と、タイトルに「化(ば)」の文字が入った、歴史時代小説が相次いで刊行されました。作品に描かれている「化け(る)もの」の正体を探るのも楽しいことです。

化けもの 南町奉行所吟味方秘聞

藤田芳康
河出書房新社 河出文庫
2023年9月20日初版発行

装幀:芦澤泰偉(芦澤泰偉事務所)
装画:卯月みゆき
カバーフォーマット:佐々木暁

●目次
第一章 沈黙
第二章 流人
第三章 奉行
第四章 真実
第五章 落着

本文217ページ

文庫書き下ろし

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『化けもの 南町奉行所吟味方秘聞』(藤田芳康・河出文庫)

藤田芳康|時代小説ガイド
藤田芳康|ふじたよしやす|時代小説・作家 1957年大阪市生まれ。神戸大学文学部卒業。 コピーライターを経て、CMの企画・演出、映画脚本、製作、監督を手掛ける。 2020年、「太秦―恋がたき」(改題『屋根の上のおばあちゃん』)で第1回京都文...