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秀吉の天下統一目前、茂兵衛も小田原城攻めに参戦するが…

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『三河雑兵心得(十二) 小田原仁義』|井原忠政|双葉文庫

三河雑兵心得(十二) 小田原仁義井原忠政(いはらただまさ)さんの文庫書き下ろし戦国小説、『三河雑兵心得(十二) 小田原仁義』(双葉文庫)を紹介します。

東三河の百姓出身の茂兵衛が徳川の家臣となって、戦を通じて出世を重ねていく「三河雑兵心得」シリーズ。主君家康の勢力拡大に合わせるように、戦乱の世を駆け抜けていく主人公植田茂兵衛も様々な活躍を重ねて出世していくところが多くの読者を引き付ける魅力の一つです。

話は逸れますが、今月(2023年9月)発売になった文庫のうち、3タイトルに「100万部突破」の文字がカバー帯に入っていました。

あさのあつこさんの「弥勒」シリーズの最新文庫の『乱鴉の空』と、藤原緋沙子さんの文庫書き下ろしシリーズ「藍染袴お匙帖」の最新刊『雨のあと』、そして、本書『小田原仁義』です。シリーズ累計とはいえ、文庫でミリオンセラーは快挙ですし、時代小説界にとっても喜ばしいことです。

秀吉による天下統一の総仕上げとして、北条征伐が始まった。だが、北条氏の本拠である小田原城は、かつて謙信や信玄も落とせなかった天下の堅城。さらには関東一円に張り巡らされた支城網により備えは万全だった。これに対し、二十万人の秀吉軍は各個撃破を選択、徳川勢は東海道からの進軍を阻む箱根の山中城を攻略することに。茂兵衛率いる鉄砲百人組は西の曲輪の陥落を目指し、北条流の築城術に苦しめられながらも、知恵と根性をふり絞って少しずつ前進する。戦国足軽出世物語、悪戦苦闘の第十二弾!

(『三河雑兵心得(十二) 小田原仁義』カバー裏の内容紹介より)

天正十八年(1590)一月、植田茂兵衛は、義弟で鉄砲百人組二番寄騎の木戸辰蔵、実弟で本多平八郎家臣の植田丑松、甥で百人組五番寄騎の植田小六の三人と、小雪舞う相模国の箱根山中にいました。

北条氏との開戦が来月にも迫る中、主人の家康から、北条氏の前線拠点である山中城の物見を命じられたのでした。
四人はマタギ装束に身を包み、近隣の猟師の一族を装って動いていました。

ところが、警護が厳しくて山中城には近づけないまま、山中城兵の見回りに見つかってしまいます。

「手前は、茂兵衛……箱根山の北、矢倉沢の猟師にございます」
「こんなところで、なにをしておる?」
「大鹿を追って森の中を歩くうち、つい道に迷ってございます。この先の箱根峠に出て、五里(約二十キロ)も南に来ていることに初めて気づきましたです」
「鉄砲猟師?」
 とまとめて置いてある六匁筒三挺に向けて顎を杓った。
「へいッ」

(『三河雑兵心得(十二) 小田原仁義』P.15より)

四人は、その場で北条方の鉄砲足軽に採用されてしまい、まんまと山中城に入ることができました。

天正十八年二月二十四日、家康は三万の軍勢を率いて駿河国黄瀬川の西岸に立つ長久保城に入りました。その後、小田原征伐軍が続々と長久保城とその南一里半にある三枚橋城に集結してきました。

(三枚橋城の跡に、江戸時代に入ると、沼津城が築かれました)

三月二十七日、秀吉が三枚橋城に入ると、小田原征伐軍二十万人の陣容が定まりました。茂兵衛は、本多正信から、明日、秀吉が韮山城と山中城を視察した後に長久保城にやってきて、評定を開くと聞き、評定の席で、敵城へ忍び込んでまで物見をしてきた茂兵衛に、秀吉から御下問があるだろうと言います。

「これはさ、殿が秀吉公に家来自慢をしただけのことなんだわ」
「け、家来自慢?」
「おまんは、家康公自慢の家来の一人じゃからのう」
「まさか……それがしが?」
「ほうだがや。知らんかったのか?」

(『三河雑兵心得(十二) 小田原仁義』P.31より)

正信によれば、家康は、体が頑丈で性格は質朴、頭はとろいが槍は無双の忠義者――そんな武士こそ三河者の理想であると考えているそうで、まさにその典型が茂兵衛だと。

この後、臨場感豊かに合戦の場面が描かれ、ハラハラドキドキの連続で一気読みしてしまう面白さがぎゅーと詰まっています。
「陽気な軍隊は滅法強い」と茂兵衛の百人組は笑いが絶えない玄人集団になっていて、心強いのですが……。油断はいけません。

本書で、茂兵衛は思いがけない人と再会します。
誰? それは読んでのお楽しみということで。
今回はここまで。

秀吉の惣無事令によって、戦がない世が来るのでしょうか?
天下が統一されると、政事や事務方が苦手で、武闘派の茂兵衛に活躍の場があるのでしょうか?
将来に一抹の不安を覚えながらも、本シリーズの今後を楽しみにしています。

ちなみに、畠山健二さんの「本所おけら長屋」シリーズは、二十巻と巻数も多いですが、今月発売になった『本所おけら長屋 外伝』の帯に「200万部突破」の文字が入っていました。

「三河雑兵心得」シリーズも巻数を重ねて、200万部突破してほしいと願っています。

三河雑兵心得(十二) 小田原仁義

井原忠政
双葉社 双葉文庫
2023年9月16日第1刷発行

カバーデザイン:高柳雅人
カバーイラストレーション:井筒啓之

●目次
序章 開戦前夜
第一章 山中城の落日
第二章 奇妙な戦場――韮山城攻め
第三章 七郎右衛門からの書状
第四章 戦後処理
終章 再会

本文272ページ

文庫書き下ろし

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『三河雑兵心得(一) 足軽仁義』(井原忠政・双葉文庫)(第1作)
『三河雑兵心得(十一) 百人組頭仁義』(井原忠政・双葉文庫)(第11作)
『三河雑兵心得(十二) 小田原仁義』(井原忠政・双葉文庫)(第12作)

井原忠政|時代小説ガイド
井原忠政|いはらただまさ(経塚丸雄)|時代小説・作家神奈川県出身、神奈川県鎌倉市在住。会社勤務を経て文筆業に入る。2016年、経塚丸雄のペンネームで『旗本金融道(一) 銭が情けの新次郎』で時代小説デビュー。2017年、同作で、第6回歴史時代...