『星に祈る おいち不思議がたり』|あさのあつこ|PHP文芸文庫
あさのあつこさんの長編時代小説、『星に祈る おいち不思議がたり』(PHP文芸文庫)を紹介します。
本書は、この世に思いを残して亡くなった者の姿が見えたり、声が聞こえたりする、不思議な力をもつ娘、おいちがその力を使って難事件を解決していく「おいち不思議がたり」シリーズの第5作です。
おいちは、深川六間堀町の菖蒲長屋で町医者を営む藍野松庵の、二十歳になる娘。父のもとで医者の修業をしています。
父のような医者になりたいと願う娘にぴったりの医塾が開かれることになり、おいちは希望に胸を膨らませる。そんななか、深川で謎の連続失踪事件が起きる。忽然と姿を消した四人に、共通点は見いだせなかった。
この世に思いを残して死んだ人の姿を見ることができるおいちは、岡っ引の仙五朗とともにこの難事件に立ち向かう。心を寄せ合う新吉との関係も、新たな局面を迎える。人気の青春「時代」ミステリー第五弾!(『星に祈る おいち不思議がたり』カバー裏の内容紹介より)
八名川町の紙問屋『香西屋』の内儀で伯母にあたるおうたは、松庵の手伝いをしながら朝から晩まで病人の面倒を見ているおいちが嫁にいき遅れないないかと心配で、今日も縁談を持ってやってきました。
手伝いではなく助手ではなく、いつか父のようになりたい。父に負けない医者になりたい。とくに女を診る医者になりたい。女でも男でも病やけがは苦しい。辛い。痛い。ときに惨くさえある。そこに違いはない。けれど、女は病を自分の底深くに隠そうとする。子を産むことを強いられ、子を産まない、産めないことを責められる。心のままには生きられない。男だって好きに生きているわけではない。それくらいわかっている。でも、女は二重の枷をはめられて耐えているように、おいちには思えてならないのだ。女が故の病ときちんと向き合い、治療できる医者になりたい。枷を外すことはできなくても、緩められる者になりたい。
(『星に祈る おいち不思議がたり』P.16より)
父のような医者になることへの思いが日に日に強くなっていくおいちは、伯母の話も聞かずに断ってしまいました。
そんな話をしているところに、暴走する荷車を避けようとして転んで、膝に怪我をして血が止まらないという老母おキネを連れて、娘お美津がやってきました。
おいちは、おキネがやってくる前から血の臭いを嗅ぎ、言い知れない不安を感じていた往診に出ている松庵の代わりに応急手当てをしました。
やれることは全てやり、治療は手落ちがなくきちんとできましたが、おいちはの不安は募るばかり。
その夜、菖蒲長屋の松庵とおいちのもとを、岡っ引の仙五朗が訪ねてきました。おいちが応急手当てをして帰した老女、おキネの行方が分からなくなったと。
おキネの行方を捜していた仙五朗は、深川で人知れず、三人も行方知らずになっていることをつかみました。
失踪した四人に共通点はあるのでしょうか?
同じころ、おいちの実の兄で医学を志して長崎に遊学していた実の兄、田澄十斗が江戸に帰ってきて、松庵のもとで修業をすることを申し出ます。
この国で学べる最も進んだ医術を学び身に付けている兄に大して、羨望と嫉妬する感じ、焦燥感に駆られる一方で、おいちは、十斗の紹介で、長崎一の女医者で、深川の油問屋に寄宿している石渡明乃が江戸で開く女人のための塾に入門して学ぶことになりました。
おいちは、明乃のもとで医師を目指す二人の女性と出会います。
おいちと同じく医者の娘で一度嫁いだことがある冬柴美代と、語学が堪能で物事の取りまとめが上手な穴吹喜世です。二人とも優秀で医学にかける強い思いを持っているました。
また、本書では、おいちが心を寄せ合う飾り職人の新吉との関係も新たな局面を迎えます。
自身の不思議な力に時には悩まさされたり不安に襲われたりしながらも、仙五朗親分の力を借り失踪事件の謎に迫るおいち。
新しい仲間もでき、さらに医者の仕事と家庭を両立させるという願いも育んでいくおいち。その成長ぶりから目が離せません。
星に祈る おいち不思議がたり
あさのあつこ
PHP文芸文庫
2023年4月24日第1版第1刷
装丁:こやまたかこ
装画:丹地陽子
●目次
序
朝の光
父の心
遠国からの風
夢の色合い
光の人
人と化け物
新たな扉
霧の向こう側
空を仰いで
本文376ページ
単行本『星に祈る おいち不思議がたり』(PHP文芸文庫、2021年6月刊)を文庫化したもの。
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『おいち不思議がたり』(あさのあつこ・PHP文芸文庫)(第1作)
『桜舞う おいち不思議がたり』(あさのあつこ・PHP文芸文庫)(第2作)
『闇に咲く おいち不思議がたり』(あさのあつこ・PHP文芸文庫)(第3作)
『火花散る おいち不思議がたり』(あさのあつこ・PHP文芸文庫)(第4作)
『星に祈る おいち不思議がたり』(あさのあつこ・PHP文芸文庫)(第5作)