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わずか二升の酒が命取りに。高岡藩を新たなる危機が襲う

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『おれは一万石 不酔の酒』|千野隆司|双葉文庫

おれは一万石 不酔の酒千野隆司(ちのたかし)さんの文庫書き下ろし時代小説、『おれは一万石 不酔の酒(よわずのさけ)』(双葉文庫)を紹介します。

本書は、一石でも減ったら、大名でなくなる崖っぷちの一万石の高岡藩に婿入りした正紀の活躍を描く人気シリーズの第25巻です。2カ月連続刊行で、今月上旬には第26巻も出ています。(早くキャッチアップしなきゃあ)

尾張藩徳川家一門の美濃今尾藩三万石に生まれ、下総高岡藩一万石井上正国の娘京と祝言を挙げて婿に入った正紀。今年(寛政三年)三月に藩主の座に就き、藩政を担う立場となりましたが、相変わらず、藩財政の軌道に乗せるために奔走する日々を送っています。

亀之助の一件を機に、加賀百万石の前田家と縁を結んだ尾張一門。反定信派の勢いが増すなか、公儀は『造酒額厳守』の触を出す。前年の不作による米不足を案じ、酒の製造を制限するものだが、これにより酒の値が高騰。商機と見た正紀は、高岡領内の百姓からどぶろくを買い取って、藩財政の足しにしようとするが――。大人気時代シリーズ、注目の第25弾!

(本書カバー裏の紹介文より)

寛政三年(1791)晩夏、先代藩主正国は、心の臓の病を得て、この数カ月は床に就いたままで、何度か発作を起こし、そのたびに痩せて顔色が悪くなっていきました。

藩主の正紀は、正国の病状は気になりますが、藩の財政逼迫を改善する手立ても探り続けなくてはなりません。質素倹約を旨とする松平定信の政策は、商いの流れを滞らせ、状況は厳しくなるばかりです。

町の動きや物の値の動きを探るため、江戸の繁華街を家臣たちと見て回った正紀は、酒の値が上がっているのに注目しました。昨年の稲の不足が響いているようで、品不足が起きていると言います。

「稲が採れねば、仕方がなかろう」
「しかしそれでも、造る者はあろうな」
「高く売れるとなれば、そうでござろう。己で飲むために拵える者もあるに違いない」
「そこで、でござる。幕閣では『造酒額厳守(ぞうしゅがくげんしゅ)』の触を出すと決めたようだ」

(『おれは一万石 不酔の酒』P.23より)

江戸城内で定信に近い大名たちの話を漏れ聞いた正紀は、「酒価は上がるぞ」と確信し、下城すると家臣らに、町の酒の価格の推移と仕入れ状況を調べるように命じました。そして、廻漕河岸場方の杉尾善兵衛と橋本利之助に、領内のどぶろくの酒を買い集めるように命じます。

造酒額厳守の触が出されている天領では、百姓が自家での飲酒用以外の目的での造酒を厳しく取り締まっていましたが、大名が自領内で酒を買い付けることは触の対象外となっていたのです。

ところが、高岡藩と天領が入り組んだ村の百姓から、杉尾と橋本がわずか二升のどぶろく(酒)を買い付けてしまったことから……。

本シリーズでは、毎巻、次から次へと藩の存続を揺るがしかねない事件や危機が起こります。よくぞ、あんなこと、こんなこと、危難のネタが続くなあと、著者の発想力に感嘆しています。

しかも、今回は2カ月連続刊行ということで、本書だけで話を収めつつも、次巻の第26巻に繋がる部分も用意する必要があって、物語の構成が難しいと思われたのに、うまく2つの問題を処理していることに感心させられました。

うまい酒を供に、著者の時代小説の匠ぶりを心ゆくまで味わいたい一冊です。

おれは一万石 不酔の酒

千野隆司
双葉社 双葉文庫
2023年7月15日第1刷発行

カバーデザイン:重原隆
カバーイラストレーション:松山ゆう

●目次
前章 造酒額厳守
第一章 仕入れる先
第二章 減封の処置
第三章 駕籠前騒動
第四章 公儀の調べ
第五章 新たな暗雲

本文264ページ

文庫書き下ろし

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『おれは一万石』(千野隆司・双葉文庫)(第1作)
『おれは一万石 若殿の名』(千野隆司・双葉文庫)(第24作)
『おれは一万石 不酔の酒』(千野隆司・双葉文庫)(第25作)

千野隆司|時代小説ガイド
千野隆司|ちのたかし|時代小説・作家 1951年、東京生まれ。國學院大學文学部文学科卒、出版社勤務を経て作家デビュー。 1990年、「夜の道行」で第12回小説推理新人賞受賞。 2018年、「おれは一万石」シリーズと「長谷川平蔵人足寄場」シリ...