『幻の義賊』|大佛次郎|捕物出版
大佛次郎(おさらぎじろう)さんの捕物小説、『幻の義賊』オンデマンド本を紹介します。
著者は、1897年に神奈川県に生まれました。
1927年に少年向けの鞍馬天狗もの『角兵衛獅子』を発表し、1965年まで書き継がれて、数多くの映画、時代劇化されました。時代小説では、1927年に発表した『赤穂浪士』が大人気に、一方で、ノンフィクション『パリ燃ゆ』、現代小説、随筆、戯曲など多岐にわたる文筆活動をしました。兄は作家の野尻抱影。
横浜市中区の港の見える丘公園内に、大佛次郎記念館があります。
著者は愛猫家としても知られていて、多くの猫たちと暮らしていました。
本書は、1925年に流山龍太郎名義で「ポケット」1月号~12月号に連載し、1926年に博文館より単行本として刊行した作品をオンデマンド印刷したもの。
捕物出版の通常のオンデマンド本よりも2回り小さな12.7×18.8cm判でした(通常判が14.8×21.0cm)。
文庫版より一回り大きいぐらいで、手に収まりやすくこのサイズもいいなあと思いました。
岡本綺堂により日本初の捕物小説である「半七捕物帳」が発表された大正6年から、わずか八年後の大正14年に、博文館の大衆雑誌「ポケット」に流山龍太郎名義で連載された長編捕物綺譚。
狭義の捕物小説の型から外れることにより、捕物小説の長編名作を実現した、捕物小説史に残る一編。(Amazonの内容紹介より)
上州屋の若旦那清三郎は、花魁のかしくから身籠ったことを告げられ、頭をがんとやられ、気が滅入った状態で朝帰りの途中の日本堤で、火消しのか組の六蔵と出会いました。
というのも、清三郎は、三年前に母を亡くし家の中の様子ががらりと変わり、父の後添いが継母として何かと意地悪をし、かしくを身請けしたいと言っても聞き届けられるものではなく、勘当されてしまいます。
清三郎と六蔵は、山谷堀の小料理屋の暖簾をくぐり、一杯飲み始めました。六蔵は石町の上州屋に出入りしていましたが、清三郎を庇って、上州屋の後添いと激しく口論して以来交流がなくなっていました。
そんな六蔵から、貧乏人の味方をして世間の欲のはった者を虐めて歩く幻小僧という義賊の話を聞きました。
「頭、その一本杉ことが町役人の方にわかったら、幻小僧はわけなくお縄を掛けられるわけだね」
「そ、そ、そうなんですよ。だからなにからなにまで内証になっているんでしょう。わか談も決して傍へお洩らしなすってはいけませんぜ、まア、幻小僧の祟りはないとしても、ひょっと幻小僧が捕まりでもしたら、御府内の貧乏人たちが怨んで、それこそなにをするかわかりませんからね――」
「うむ、わかったよ、だが、護持院ケ原の一本杉と幻小僧とア、まったく面白い取り合わせじゃないかねえ、頭?」(『幻の義賊』P.12より)
護持院ケ原の一本杉に、誰でも困ったことがある人が願い事を書いた紙を埋めておくと、幻小僧の方で見ていて、ちゃんとその願い事を叶えてくれると。
酔いが回って思わず大声で話していた二人の話を聞いていた者がいました。
北町奉行所では、半年前から府内を荒らし回っている幻小僧の探索に努めていましたが、いまだ有力な手掛かりもありません。
そんなある夜、奉行の秋元但馬は、配下の与力岡倉波之助と岩藤有無三を自宅に呼び、密かに相談しました。
「(前略)こんどの幻小僧の一件、未だ未解決のまま、荏苒と日をのべているが、たかが一人の賊のために御府内を騒がせ奉り、南北両奉行所ありながら手の施しようもないとは、お上に対し不面目この上ないのはもとより、この但馬の名を後代までも不名誉に終わらせねばんらぬこと心外至極に思うている。
ついては二人のうち、誰でもよい。御公儀のため、またこの但馬のため、幻小僧を捕らえた者には、この但馬が娘雪江、不束者じゃが異存さえなくば妻に差上げよう」
「なに、お嬢様!」
「雪江さまを!」(『幻の義賊』P.32より)
身籠った恋人を身請けするためには、大金を盗むことも考え始めた清三郎、奉行の娘雪江を娶るために恋の競争者となった有能な二人の与力の駆け引き、そして、謎に満ちた義賊幻小僧の正体とは……。
文豪大佛次郎の捕物史に残る、伝説の捕物小説が、40年以上の時を経て、オンデマンド出版で甦りました。
幻の義賊
大佛次郎
捕物出版
2023年7月20日 オンデマンド版初版発行
装画:名所江戸百景 よし原日本堤 歌川広重
国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
目次
護持院ケ原の一本杉
恋の競争者
日向の金兵衛
日本堤提灯行列
上州屋を襲った賊
か組の六蔵の手柄
幻小僧いよいよ現る
盗人の正義
白洲と隠れ家
敵味方の策戦
梅花の寺
幻の正体
本文290ページ
サイズ12.8×1.91×18.8cm
本書収録作品の底本は、以下の通り。
「幻の義賊」 大佛次郎時代小説全集 第24巻(朝日新聞社、1977年2月10日発行)
なお、「捕物綺譚 幻の義賊」の書名は、湊書房版(1951年7月20日発行)に殉じています。
初出
「ポケット」(博文館)1925年1月号~12月号連載(流山龍太郎名義)
■Amazon.co.jp
『幻の義賊』オンデマンド本(大佛次郎・捕物出版)