『深川の重蔵捕物控ゑ1 契りの十手』|西川司|二見時代小説文庫
西川司(にしかわつかさ)さんの文庫書き下ろし時代小説、『深川の重蔵捕物控ゑ1 契りの十手』(二見時代小説文庫)を紹介します。
著者は、警察小説で活躍し、2014年サスペンス小説「テロルの口笛」(後に『異邦の仔』に解題)は第34回横溝正史賞最終候補になっています。
本書は、著者の初の時代小説作品です。
第12回日本歴史時代作家協会賞文庫書き下ろし新人賞の候補作品となりました。同賞は、歴史時代小説分野で3年未満のキャリアの作家が対象で、他のジャンルでのキャリアは問わないものとなっています。
目の前で恋女房を破落戸に殺された重蔵は、悪党が一人もいなくなるまでお勤めに励むことを亡き女房に誓う。それから十年が経った命日の日、近くの川で男の骸がむつかる。体中に刺されたり切りつけられた痕があるのだが、なぜか顔だけはきれいだった。手札をもらう同心千坂京之介、義弟の下ッ引き定吉と探索に乗り出す重蔵だったが…。人情十手の針ヒーロー誕生! 感涙必至!!
(『深川の重蔵捕物控ゑ1 契りの十手』カバー帯の紹介文より)
天保十二年(1842)弥生。
小名木川に男の亡骸が浮かんでいるのが見つかりました。
亡骸は、背中や腹、胸に多くの刺し傷や切り傷が刻み付けられながらも、顔にはひっかき傷ひとつついておらず、歩けないように両足の腱まで無残に切られていました。
重蔵は、十手を預かっている北の定町廻り同心の千坂京之介、義弟で下ッ引きの定吉とともに、下手人を見つけるために探索をはじめました。
重蔵は四十歳で、深川六間堀沿いの松井町二丁目に家を構え、その一角には定吉の髪結いの店「花床」があります。
同じころ、重蔵は、六十過ぎで病を患っている元博打打ちの茂吉と、同じ裏店の隣の家に三つになる娘と住んでいるおかよと出会います。
茂吉とおかよは裏店の隣同士ながらも言葉らしい言葉を交わしたことはありませんでしたが、その日、柔蔵は痛みと飢えからくる目まいに襲われた茂吉を助け、おかよは食事のめんどうを見てあげました。
これまで、人と関わることを避けて、一人無頼な生活を送ってきた茂吉でしたが、おかよの情けが身に沁みました……。(第一話 つぐない)
(お仙、おれはこの世から悪党がひとりもいなくなるまで、お勤めに励む覚悟を決めた。それがおまえが喜ぶ一番の供養だろうからな。そして、おれはいつか必ずお前を殺めた鍬蔵を捕まえてみせるっ)
と心に誓ったのだった。
(『深川の重蔵捕物控ゑ1 契りの十手』P.18より)
本書では、長屋暮らしの者たちを相手に金貸しをしている老婆おかねとその娘で旗本家に奉公している娘を描いた「第二話 不忍の母」、年下の少年たちに万引きを強いる元茶くみ娘おきぬとそのおきぬが万引きしたべっ甲の簪を取り上げたやくざ者の半次をめぐる顛末を描いた「第三話 懺悔」など、全四話を収録しています。
ちょうど十年前の三月初旬、重蔵は目の前で、恋女房のお仙を悪党一味の頭目の義弟・鍬蔵に殺されてしまいました。しかも、鍬蔵は今も逃走したままです。
「お上の裁きが、すべて正しいわけじゃない。事件を解決するおれたちの仕事の大事なことは、弱い立場の人間がそれ以上悲しんだり苦しんだりしないようにすることだ。だから、その事件の真相がわかったとき、事件に巻き込まれた人たちにとって、どう始末をつけるのが一番いいのかを考えなきゃいけない。そこへいくと重蔵の始末のつけ方は、いつも実に感心するほと見事なものだ。だから、おまえも重蔵の始末のつけ方をしっかり見て学べてと」
(『深川の重蔵捕物控ゑ1 契りの十手』P.105より)
二十七歳の千坂京之介は、かつて重蔵に手札を渡し、一緒に悪党を追っていた父千坂伝衛門から告げられた遺言を明かしました。
本書の魅力の一つが、人情味あふれる重蔵の十手さばきです。年寄りや弱い者には優しく、悪いことをしたとなると、大人でも子供でもとことん追いつめて捕まえてしまうことで知られています。
自身が辛い過去を持っている重蔵だからこそ、痛みがわかり、罪を犯した者を捕まえた後も、心を入れ替えて再生を支援したり、被害に遭って傷ついた者が立場に立って、事件を考えて決着を付けていきます。
7月下旬には、シリーズ第2巻『深川の重蔵捕物控ゑ2 縁の十手』が刊行されます。重蔵の情け溢れる十手に酔いしれたいと思います。
深川の重蔵捕物控ゑ1 契りの十手
西川司
二見書房・二見時代小説文庫
2023年5月25日初版発行
カバーイラスト:浅野隆広
カバーデザイン:ヤマシタツトム(ヤマシタデザインルーム)
●目次
第一話 つぐない
第二話 不忍の母
第三話 懺悔
第四話 怯える女
本文324ページ
文庫書き下ろし
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『深川の重蔵捕物控ゑ1 契りの十手』(西川司・二見時代小説文庫)
『深川の重蔵捕物控ゑ2 縁の十手』(西川司・二見時代小説文庫)