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江戸の忙しい庶民の心とお腹を満たす、お雅の煮売屋、開店

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『おんなの花見 煮売屋お雅 味ばなし』|宮本紀子|文春文庫

おんなの花見 煮売屋お雅 味ばなし宮本紀子さんの文庫書き下ろし時代小説、『おんなの花見 煮売屋お雅 味ばなし』(文春文庫)紹介します。

私事で、親族の葬儀のため3日ばかり、静岡県に行っていました。
その間、ホームページの更新ができずにご迷惑・ご心配をおかけしました。
本日から、再起動いたします。よろしくお願いいたします。

さて、本書は、「小間物もの丸藤看板姉妹」シリーズで注目されている気鋭の時代小説家である著者が、「オール讀物」2021年6月号で第1話を発表し、2022年10月に書き下ろし2話を含む全5話を収録し、文春文庫オリジナルとして刊行した「煮売屋お雅 味ばなし」の第1巻です。

訳あって離縁したお雅が営む「旭屋」。夕餉の献立に困ったおかみさんたちの間で、持ち帰りのお菜をたっぷり揃えた見世は評判を集めている。気難しい差配や常連客の色恋、そして元亭主や母親との関係に悩まされながらも、お雅は旬なお菜を拵え、「旭屋」を逞しく切り盛りする。江戸をめぐる四季と人間模様を丁寧に描いた、心温まる時代小説。

(『おんなの花見 煮売屋お雅 味ばなし』カバー裏の紹介文より)

二十六歳のお雅(まさ)が亭主と離縁して、京橋南にある水谷町で煮売屋「旭屋」を営んで早三月が経ちました。

お雅の見世は三十間堀に架かる真福寺橋寄りにあり、見世棚にお菜を並べ、持ち帰りをもっぱらとしています。
近くに河岸が立ち並び、商家も多く、そこで働く独り者の人足や職人のため、朝だけ見世の土間に床几を置いて、そこで食べれるようにしていました。

旭屋は、十六歳の小女お妙と二人で切り盛りし、朝昼夕に違うお菜を必ず二、三品ならべるようにしているため、朝飯に来てくれる者、お八つに豆腐の田楽を頬張っていく手習い処の帰りの子どもたち、晩飯のお菜を求める近所のおかみさんたちや、夜にこっそり食べる商家の奉公人や武家屋敷の中間まで、いろいろな人たちがやってきて、どうにかやっていけています。

「雅ちゃん、なんか食わせておくれ」
 久兵衛は「腹が減ったよう」と入ってきた。お雅から笑みがこぼれる。
「はいはい、お待ちくださいね」や
 お雅はさっそく支度にとりかかった。
「やっぱり雅ちゃんの飯はうまようぅ」
 
(『おんなの花見 煮売屋お雅 味ばなし』 P.16より)

お雅の煮売屋に元義理の父で舅、霊岸島銀町の下り酒問屋の大店「井坂屋」の久兵衛がやってきて、遅い昼飯を食べて帰りました。

妾に子ができて、自分にできなかったことで、姑に因果を含められて離縁させられたお雅は、実家の王子稲荷近くの料理屋に戻ることもできず、「食べ物屋をやってみないかい」という舅の久兵衛の勧めと、見世にかかる費えの全てを持ってくれるという条件で、水谷町に旭屋を開いたのでした。

そんな旭屋で目下、困っていることがありました。
見世からすぐの三十間堀一丁目にある長屋の差配のことです。
この差配が、商家や長屋のおかみさんたちが夕餉のお菜を買いに来る時分になると、腕を組み、ふんぞり返って見世先に立ち、お菜を買いに来たおかみさんを捉まえて「それぐらい自分でつくれ」とねちねちと説教を垂れるのでした。

お妙はむきむき怒り、波風を立てたくないお雅も、差配が見世先に立つたびに、遠慮しいしい、やんわりとやめてくれて頼むのですが、「これも差配の大事な役目」と取り合ってくれません。このところ、おかみさんたちの足も旭屋から遠退いていました。

「女将さん、やっぱり今日も来ちゃいましたよ」
 顔をひきつらせ、もうっ、と地団駄を踏む。
 差配の胴間声が聞こえてきた。見ると差配の長屋の店子で、大工の女房のお牧が捉まっていた。子沢山で、ときたま買いに来てくれる、いまでは数少ないおかみさんのお客だ。
「女房だろ、母親だろう、なぜ自分でつくらない」
 差配はお牧を叱っている。お牧だって言い返す。
「子どもの世話で飯の支度に手が回らないことだってありますさ」
「はん、ずっと家にいる者が、たかが煮炊きになに言ってんだい」
 
(『おんなの花見 煮売屋お雅 味ばなし』 P.25より)

実家の料理茶屋や井坂屋で客あしらい、人あしらいに慣れているつもりのお雅でしたが、客のお牧に嫌な思いをさせて帰したことで胸が痛み、老人一人に手を焼いている己の不甲斐なさに深い溜息がこぼれ、涙が滲んできました……。

おかみさんたちの事情を一切斟酌できない堅物の差配。
お雅はどのようにして、商いに障りだしてきたこの難題を解決していくのでしょうか。

花見のお弁当に頭を悩まされるお雅は、常連客の色恋沙汰に巻き込まれ……。(「さくらのうたげ」)

町では「大食い競べ」が流行り、見世の常連客も参加することになり、さあ大変。(「おおぐいくらべ」)

菊見の季節に、見世に突然やって来た元亭主。その狙いとは……。(「きくかほる」)
元亭主新蔵の歯の浮くような口説きに、知り合ったばかりの頃を思い出し、次第に心を動かされていくお雅。

正月早々、料理茶屋の大女将であるお雅の母親が訪ねてきて、しばらく旭屋を手伝うと言います……。(「さとのあじ」)

江戸の四季の移ろいのなかで、さまざまな人間模様を描いた連作時代小説シリーズ。
お雅の作る料理は、料理茶屋のように吟味された食材でなくても、旬の素材を生かし、丁寧に造られたお菜で、日々を営む庶民の心と体を癒してくれます。

読み味の良い小説は、おいしい料理を食べた後のように、ひと時の幸福感を与えくれました。

おんなの花見 煮売屋お雅 味ばなし

宮本紀子
文藝春秋・文春文庫
2022年10月10日第1刷

イラスト:pon-marsh
デザイン:野中深雪

●目次
はるいわし
さくらのうたげ
おおぐいくらべ
きくかほる
さとのあじ

本文245ページ

初出:「はるいわし」「オール讀物」2021年6月号、「さくらのうたげ」「オール讀物」2021年12月号、「おおぐいくらべ」「オール讀物」2022年2月号
「きくかほる」と「さとのあじ」書き下ろし。
本書は文春文庫オリジナル。

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『おんなの花見 煮売屋お雅 味ばなし』(宮本紀子・文春文庫)

宮本紀子|時代小説ガイド
宮本紀子|みやもとのりこ|時代小説・作家 京都府生まれ。市史編纂室勤務などを経て、2012年、「雨宿り」で第6回小説宝石新人賞を受賞してデビュー。 ■時代小説SHOW 投稿記事 『始末屋』|花魁を守るため、客から借金を取り立てる、始末屋登場...