『菊乃、黄泉より参る! よみがえり少女と天下の降魔師』|翁まひろ|角川文庫
翁まひろさんのエンターテインメント時代小説、『菊乃、黄泉より参る! よみがえり少女と天下の降魔師』(角川文庫)紹介します。
本書は、2022年、第8回角川文庫キャラクター小説賞の大賞と読者賞をダブル受賞した作品を改稿して、角川文庫から刊行した著者のデビュー作です。
同賞は、新しい時代を切り開く、面白い物語と、魅力的なキャラクターの両方を兼ねそなえた、新たなキャラクター・エンターテインメント小説を対象としています。
新しい作家の登場にワクワクします。
江戸時代。男勝りで正義感あふれる武家の女・菊乃(きくの)は、28歳で世を去るも何も未練はなかった。
――はずが15年後、なぜか7歳の姿で黄泉がえってしまった!年相応にすぐ腹が減り眠くなるのと裏腹に、怪力と験力を宿した体。天下の降魔師(ごうまし)と名乗る整った顔の僧・鶴松にその力を見込まれた菊乃は、成仏する方法を探してもらう代わりに、日本橋に出る獣の化け物退治を手伝うが……。最高のバディが贈る、痛快で泣ける「情」の物語!(『菊乃、黄泉より参る! よみがえり少女と天下の降魔師』カバー裏の紹介文より)
二十八歳の武家の女、菊乃は、幼子の善太郎を残して不治の病で黄泉へと旅立ちました。
ところが、七歳の少女の姿で、日本橋の雑踏の中に黄泉がえってしまいます。
武家の女として、この世には未練など残していなかったはず。
橋の先には、人を押しのけながら走る男がふたり。花柄の風呂敷包みを抱えている。
「どけ、どけい! 女犬公方さまのお荷物だぞ! 犬病になっても知らねえぞ!」
あれかと思うが、ただのひったくりにしては様子がおかしい。なにせ笑っている。意味のわからないことを叫びながら、荷物を放りあって、まるで遊んでいるようなのだ。(『菊乃、黄泉より参る! よみがえり少女と天下の降魔師』 P.13より)
菊乃はひったくりを追いかけようと足を速めますが、子供の体なのでなかなか思うように進まず、着流し姿の男に追い越されました。
その男、顔はろくに見えなかったにもかかわらず、それが誰かが菊乃にははっきりわかりました。息子の善太郎でした。
しかも、死に別れたとき、善太郎は元服前でしたが、今は三十くらいで立派な体躯に鬼のごとき強面で、荒み切った目をした浪人姿でした。
親子の名乗りをする菊乃でしたが、幼子の姿の菊乃に、善太郎はからかわれていると相手にしません。
時代は、五代将軍徳川綱吉が三月ばかり前に亡くなったころ(宝永六年)で、菊乃が死んでから十五年が経っていました。
悪評高い「生類憐みの令」が廃止され、犬公方の呪いなのでしょうか。巷では、人が犬のように吠える犬病が流行っていました。
回向院裏手で犬のための養生所を開いて犬医者の娘おちよは、御囲いに収容されていた犬の里親を探していましたが、犬病や生類憐みの令の悪影響で犬嫌いとなった庶民から、女犬公方と揶揄され、相手にされず嫌がらせすら受けていました。
善太郎に嫌われた菊乃は、行くあてもなくさ迷い歩き、一休みするつもりで入り込んだ稲荷神社で、鶴松という顔立ちの整った破戒僧が、六人の男女を集めて怨霊を降伏し、角大師の札を売り付けているところを見かけました。
鶴松は、台密の秘法を用いて、魔を降ろす降魔師で、ひとつの眼球にふたつの瞳を持つ重瞳の持ち主で、騙りめいた振る舞いながら、隠された真の姿を見ることができる力を持っていました。
「うしろ!」
鶴松がふりかえった先には、巨大ななにかがあった。
なにか、としか表現できなかった。強いて言うなら、どろどろとした真っ黒な泥の塊。その高さは言えの軒下に届くほどで、幅に至っては通りを覆わんばかりだった。
ねちゃり、泥塊の中央が横に割れた。まるで口のようだ。そう思った直後、
『オマエ、我が主、カ?』
鶴松がはっとして倶利伽羅剣を振りあげた。だが、それよりもはやく泥の塊が鶴松に覆いかぶさった。僧衣の襟首に咬みついて、軽々と上空に持ちあげる。
(『菊乃、黄泉より参る! よみがえり少女と天下の降魔師』 P.40より)
泥塊に捕らえられた鶴松を、菊乃は腰帯に差していた袋竹刀を抜きはなって、「菊乃、参る!」の掛け声とともに、地面を蹴って、泥の塊めがけて袋竹刀を振りあげました。
しかし、化け物は泥の中から長い縄状の液体が伸びだし、意思を持った動きで袋竹刀を薙ぎ払いました。
菊乃は武家の娘時代にに刃剣術指南を受けていて、男姫と呼ばれるじゃじゃ馬でしたが、怪力と験力は持っていません。ところが、七歳の菊乃は幼い体には、なぜか怪力と験力を兼ね備えていました。
菊乃は、鶴松の降魔によって黄泉へ戻ることを期待しますが、鶴松は黄泉がえりにはわけがあるはずで、それを全うしない限り成仏できないし、させることはできないと。
泥の化け物との戦いで怪我をした鶴松に、日本橋の薬種問屋で出た化け物退治の依頼がありました。鶴松は、怪力で倶利伽羅剣が使える菊乃をバディに、その依頼を受けることに……。
ポスト「生類憐みの令」の時代をテーマに、化け物退治をメインにしながらも、親子の情や動物愛を絡めて紡がれていく物語に引き込まれました。
菊乃の体と意識のギャップぶりが面白く、クールなイケメン鶴松との掛け合いも楽しく、このバディは最高です。
菊乃は善太郎と親子関係を修復できるのでしょうか?
そして、黄泉に戻れるのでしょうか?
読み終えたばかりですが、早くも続編が読みたくなりました。
「菊乃、参る!」のお代わりをお願いします。
菊乃、黄泉より参る! よみがえり少女と天下の降魔師
翁まひろ
KADOKAWA・角川文庫
2023年4月25日初版発行
カバーイラスト:くろでこ
カバーデザイン:長崎綾(next door design)
●目次
序
第一章
第二章
第三章
第四章
終
本文285ページ
第8回角川文庫キャラクター小説大賞〈大賞〉〈読者賞〉を受賞した作品を改稿し、改題の上、文庫化したもの。
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『菊乃、黄泉より参る! よみがえり少女と天下の降魔師』(翁まひろ・角川文庫)