『居酒屋こまりの恋々帖 愛しのかすてぃら』|赤星あかり|ハヤカワ時代ミステリ文庫
赤星あかりさんの文庫書き下ろし時代小説、『居酒屋こまりの恋々帖(れんれんちょう) 愛しのかすてぃら』(ハヤカワ時代ミステリ文庫)紹介します。
本書は、酒が大好きでお節介な美人女将こまりと、元ゴロツキの料理人ヤスが営む日本橋大伝馬町の居酒屋小毬屋を舞台に繰り広げられる人情活劇です。集うお客も、投げ込み寺の住職だったり、火盗改メの役人だったりと、一癖もふた癖もある個性的な面々ばかり。
「居酒屋こまりの恋々帖」シリーズの第3弾。今回はどんな話を酒のあてに楽しめるのでしょうか?
喉がつぶされ声がでない男、仙蔵が、こまりの店を訪れた。医学留学先の長崎から黒砂糖の塊を持ち込み、こまりに南蛮菓子かすてぃらを作ってくれと懇願する。仙蔵は許嫁の清乃が結核だと聞き、滋養のある物を食べさせるため江戸に戻ったというのだ。だが留学を勝手に切り上げ脱藩扱いされても仕方ない。じつは仙蔵には秘密が……こまりは想いのこもったかすてぃらを食べさせるために、女中に変装して清乃の家に入り込む!
(本書カバー裏の紹介文より)
木枯らしが吹きすさぶ肌寒い季節。小毬屋に近所の投げ込み寺の住職で、常連客の生臭坊主の玄哲が、一人の男を連れてやってきました。
浅黒い肌をした若い男は無精ひげに、月代も荒れ放題で、衣服も薄汚れており、なんだか薄気味悪い男でした。
「この人はね、実は拙僧の寺の穴のなかで行き倒れていたんだ」
「え? 死体から生き返ったってこと?」
こまりはぎょっとして大きな声をあげた。
(中略)「いや、時々あるのですよ。死んだと思って捨てられた亡骸が突然、息を吹き返すことが……」
(『居酒屋こまりの恋々帖 愛しのかすてぃら』 P.175より)
若い男は仙蔵という名で、寺に転がり込む前、追手に襲われて喉を潰され、大きな声が出せないと。
小毬屋の料理を堪能した後、黒砂糖の塊と南蛮料理書を取り出して、こまりに「かすてぃらを一緒に作ってくれないか」と土下座して頼みました。
「……この本はそれがしが長崎で手に入れた南蛮の料理書です。かすてぃらは南蛮の焼き菓子で、うどん粉(小麦粉)とたまご、砂糖を混ぜあわせて作るそうです。本はそれがしが翻訳を試みます……」
仙蔵はなんとも聞きとりにくいかすれ声で語った。
「南蛮の焼き菓子……。それは絶対に食べてみたいけど……」
(『居酒屋こまりの恋々帖 愛しのかすてぃら』 P.182より)
こまりは以前に江戸の千両役者市川隼之介に頼まれて、黄緑のおはぎの謎を解いたことがあり、そのことを知っていた玄哲が仙蔵を連れてきたのでした。
長崎留学中だった仙蔵は、奥医師の家の娘で許婚の清乃が労咳をわずらったと聞き、いてもたってもいられずに、南蛮の料理書と黒砂糖を入手して留学を勝手に取り止めて江戸まで帰ってきました。
かすてぃらは滋養強壮にいいので、清乃にとって良薬になると信じ、清乃にどうしてもかすてぃらを食べさせてやりたいと。
ところが、仙蔵は身勝手な理由で届け出もなく留学先から消えたために、脱藩とみなされて、一目、清乃に逢いたいと屋敷に忍び込もうとしたところ、追手に出くわして、喉をつぶされたそう。
仙蔵に代わり、清乃の家では新たな女中を探していると聞いたこまりは、女中に扮して屋敷に入り込み、清乃に接近してかすてぃらを渡すことに……。
こまりのハチャメチャな潜入劇は首尾よくいくのでしょうか?
本書には、ヤスの昔馴染みの男を巡る人情劇を描いた「からくりそうめん流し」、火盗改メに期待の新人近藤重蔵が入りますが先輩の銕之丞とは犬猿の仲で江戸の治安を守るために仲良くさせるために頭を悩ますこまりを描いた「鴨獲りの呼吸」など、全四話を収録されています。
最終話の「さよならの宴」では、奪い取った金銀財宝を船に積み込む海賊が出てきてこまりとその仲間たちと対決するほか、こまりが夢の実現のためにその懸賞金を追い続ける妖盗野槌も登場し、こまりの過去にもつながり、スケールが大きな話になっています。
第3巻を読み終えたばかりですが、お節介で酒好きの女将がいて、美味しい料理があって、居心地がいい居酒屋。さらに騒動に事欠かない、楽しくて愛すべき店。
そんな小毬屋の話をもっともっと読みたいと思いました。
ごちそうさまでした。
居酒屋こまりの恋々帖 愛しのかすてぃら
赤星あかり
早川書房・ハヤカワ時代ミステリ文庫
2023年4月15日発行
カバーイラスト:山本祥子
カバーデザイン:大原由衣
●目次
第一献 からくりそうめん流し
第二献 鴨獲りの呼吸
第三献 かすてぃらに想いを込めて
第四献 さよならの宴
本文370ページ
文庫書き下ろし。
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『居酒屋こまりの恋々帖 おいしい願かけ』(赤星あかり・ハヤカワ時代ミステリ文庫)(第1作)
『居酒屋こまりの恋々帖 ときめきの椿揚げ』(赤星あかり・ハヤカワ時代ミステリ文庫)(第2作)
『居酒屋こまりの恋々帖 愛しのかすてぃら』(赤星あかり・ハヤカワ時代ミステリ文庫)(第3作)