『うつけ者 俄坊主泡界 一 大坂炎上篇』|東郷隆|早川書房
東郷隆(とうごうりゅう)さんの長編歴史時代小説、『うつけ者 俄坊主泡界 一 大坂炎上篇』(早川書房)紹介します。
本年2月に成正寺(大阪市北区末広町)にある大塩平八郎墓所をお参りをし、本書が出て、3月には伊東潤さんの『浪華燃ゆ』が出て、4月に本書の続編『うつけ者 俄坊主泡界2 江戸破壊篇』も上梓され、私の中では「プチ・大塩ブーム」が到来しています。
本書は、破戒僧泡界坊が、大塩平八郎の意を受けて、大坂の悪党相手に縦横無尽の活躍をする痛快歴史時代小説です。
清二郎は写本仕事で糧を得ているが、御政道による禁書や回収の締めつけで、何やら危ない御時世になりそうだ。そんなとき、清二郎は大塩平八郎に出会い、世直しの想いを強めていく。さらに、同じころに出会った破戒僧・第三代法界から見込まれる。第四代として名を継ぐことを宿命づけられた清二郎は頭を剃り、泡界と名を変えた。
違法刷り物にのめり込んで公儀を挑発し、願人坊主の身なのに女を抱く。そんな彼に大塩から密命が! 不正役人を銃で仕留めろというのだ。一八三七年ついに大塩決起のとき、泡界は世のため人のため、牙をむく。ろくでもない体制に一撃を! 熱く強く激しい坊主が天地をひっくり返す、型破りの歴史時代小説。(『うつけ者 俄坊主泡界 一 大坂炎上篇』カバー裏の紹介文より)
主人公の集目(もずめ)清二郎は、江戸で町医をする父と下総古河土井大炊頭側室付き老女の間に生まれ、父のもとでの修業に嫌気がさし、天保五年(1834)土井家が大坂城代として赴任する際に、お傭い医師お手伝いとして、大坂へ出ました。
ところが、大坂に着任早々にお払い箱となってしまいますが、船場の生薬問屋で手伝いをしたり、写本の仕事に手を染めたりして、すぐに生活の道を見出していました。
ある日、江戸風の鰻の蒲焼を出す店で、一人の若侍を四、五人の若侍がいたぶっている所に出くわします。
清二郎は喧嘩を売られている若い侍・平野幸助を助けて店を出て、高津神社脇の小店で、差しつ差されつするうち、幸助の身上を知り少々驚きました。
大坂三郷で知られた大店の唐物問屋の次男で、父が先行きを心配して材木奉行方の小揚役人にしてくれたといいます。
そして、清二郎に、我が塾の師に引き合わせたいと申し出ました。
「たしかに我が師は、学者ですが、その学問は並のものにあらず」
幸助は膝をにじらせた。
「我が師は知行合一の説を唱えて、常に世上の救民を座右の銘とするひとでごわりまする」
言葉尻が商人口調になった。
「知行合一とは、あれかい。学を現世に即応し、世の人を救うためには手段を選ばねえという……」
(『うつけ者 俄坊主泡界 一 大坂炎上篇』 P.15より)
幸助の師とは、大塩中斎(平八郎)でした。
その三日後、清二郎は東天満の与力屋敷の一家にある「洗心洞」で大塩平八郎と対面することに。
(事至れば、力による世直しも辞せず)という陽明学の教えに、背に冷たいものが走るのを感じるとともに、逆に激しい爽快感も腹の底からふつふつと湧いてくるのも感じ、洗心洞に入塾しました。
大塩個人が写本の仕事を定期的に与えてくれ、文武両道を看板にし、武芸の指導に熱心な塾での生活に、清二郎はたちまちはまりました。
天保八年二月。
「かねてより皆に伝えし、知行合一の策を遂行する」と、大塩は遂に決起しました。
砲術が得意な清二郎には、悪徳役人の西町与力内山彦次郎と、決起の邪魔となる砲術の名手で玉造口定番坂本鉉之助を狙撃するように密命とともに、小筒を託されました……。
本書で面白いのは、大塩平八郎の乱を舞台に、破戒坊主の法界坊を登場させたこと。
法界坊とは、清二郎の時代より53年前の天明四年(1784)に、大坂角座で上演された『隅田川続俤(すみだがわごにちおもかげ)』で、四代目市川団蔵が演じて人気を博した願人坊主のこと。
本書では、その二十年後に、江戸で法界坊とみなされた上人の弟子で三代目法界を継ぐ、破戒僧の妙海が登場します。
乱後に大塩の残党として追われる清二郎を助けて、密かに得度する私度僧に仕立て、「泡界坊浄海」の法名を授けて、違法刷り物をする仲間に加えました。
大塩を讃えて悪政を批判し、一揆を扇動する刷り物を配布する三代目法界の妙海と、山東京伝をして「性軽忽」と評されながらも正義感に厚い泡海の破戒僧コンビの珍活躍ぶりが痛快な時代小説です。
泡海のユニークなキャラクターに惹きつけられ、肩の凝らない面白さで、『うつけ者 俄坊主泡界 二 江戸破壊篇』も早く読みたいなあと思います。
うつけ者 俄坊主泡界 一 大坂炎上篇
東郷隆
早川書房
2023年2月25日発行
装画:岡田航也
装幀:早川書房デザイン室
●目次
1 天下の台所
2 密命
3 糸屋の娘
4 大塩交戦
5 妙海と泡界
6 一望千里
7 逃亡
8 道楽坊
9 引き札遊び
10 能勢の一揆
11 銃撃戦
12 明け烏
本文257ページ
書き下ろし作品
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『うつけ者 俄坊主泡界 一 大坂炎上篇』(東郷隆・早川書房)
『うつけ者 俄坊主泡界 二 江戸破壊篇』(東郷隆・早川書房)
『浪華燃ゆ』(伊東潤・講談社)