『新吾十番勝負 一』|川口松太郎|捕物出版
川口松太郎(かわぐちまつたろう)さんの大長編時代小説の第1作、『新吾十番勝負 一』オンデマンド本を紹介します。
著者は、1899年(明治32年)に東京・浅草で生まれ、1985年(昭和60年)に亡くなられています。1935年に『鶴八鶴次郎』『明治一代女』で、第1回直木賞を受賞されています。
劇作家としても活躍し、妻は女優の三益愛子さん、子どもの川口浩さん、川口恒さん、川口晶さん、川口厚さんも俳優として活躍されました。映画化され一世を風靡した『愛染かつら』の作者としても知られています。
本書は、昭和を代表する人気大衆作家の代表作の時代小説です。
昭和32年より朝日新聞に連載されて好評を博し、その後何度も映画化・テレビドラマ化された痛快時代小説、待望の復刊。
徳川吉宗の落胤でありながら、数奇な運命をたどった青年剣士、葵新吾の冒険を描く十番勝負。第一巻は、美女丸誕生、第一番勝負、第二番勝負を収録。(Amazonの内容紹介より)
元禄十六年。
越前鯖江三万石の藩主徳川頼方(後の吉宗)は二十歳。
紀州徳川家の光貞の三男に生まれて、十四歳のときに、鯖江に封じられていました。
十六歳のとき、剣術放生一真流の剣道指南武田一真から教えを受け、二十歳で免許を受けると、真剣で人を切りたくなり、「だれかを切らせろ」と無理を言って、師の一真やお側御用の宮野辺貢を困らせていました。
人を切って見たい――と頼方は思っている。なかなか厄介な望みだ。一真流の免許を受けてからは真剣で人を切りたい欲望が、絶え間なくひそんでいる。
「剣法は人を切るためのものか。己を護るためなのか」
と、彼はきき、
「乱世には切り、平時には護ります」
と一真は答えている。(『新吾十番勝負 一』P.1より)
やがて、江戸から国へ帰るお国入りで、頼方は窮屈な駕籠を降りて駕籠の脇を歩くことにしました。ちょうどその時、転がった菅笠を追って、行列の供先へ町人が飛び出しました。
お国入りの供先を汚すことは、無礼討ちも許されること。
頼方は刀を抜いて斜め横に払い、町人の首を無言で切りました。
無礼討ちをされた男越前屋半六は、鯖江近郊一帯を縄張りにする薬種行商の元締で、笠が飛んだのを取りに行った所を切られて亡くなりました。
鯖江城下でも人気のある男で、供先の無礼討ちは城下中の大評判になり、領民全体が半六に同情をしました。
「町人半六を切ったのは自分であり、今は非常に後悔している」
と、若いだけに言葉も飾らず、
「カゴに飽きて歩いたのが悪かった。供先の武士が叫んだので、かっとして夢中で切った」
と、正直にいった。(『新吾十番勝負 一』P.10より)
半六の娘で、十八になるお長は、仇(かたき)の頼方に夜の川べりで闇討ちを仕掛けますが、逆に捕らえられ、その際に意識を失ってしまいました。
頼方は、美しすぎるお長の顔を見ているうちに、体に不思議な欲情が湧いてきて、お長を抱いてしまいました。
やがて、お長は頼方の子を産み、その男の子には美女丸という名がつけられました。
美女丸は、頼方の命を狙う武芸者の庄三郎によってかどわかされて……。
貴種流離譚と剣豪小説の融合した古典的名作は、波瀾万丈の幕開けで始まります。
最初のページから物語に引き込まれました。
本編の主人公の葵新吾(美女丸の成長姿)が登場するのは本書の後半からですが、前半部分も圧倒的に面白いです。
新吾十番勝負 一
川口松太郎
捕物出版
2023年3月20日 オンデマンド版初版発行
目次
美女丸誕生
第一番
第二番
本文271ページ
本書収録作品の底本は、以下の通り。
『新吾十番勝負(一)美女丸の巻』(新潮社、昭和32年12月25日発行)
■Amazon.co.jp
『新吾十番勝負 一』オンデマンド本(川口松太郎・捕物出版)