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真田家との和睦のため、猛将本多平八郎の娘の縁談をまとめよ

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『三河雑兵心得(拾壱) 百人組頭仁義』|井原忠政|双葉文庫

三河雑兵心得(拾壱) 百人組頭仁義井原忠政(いはらただまさ)さんの文庫書き下ろし戦国小説、『三河雑兵心得(拾壱) 百人組頭仁義』(双葉文庫)を紹介します。

東三河の百姓出身の若者茂兵衛が徳川の家臣となって、戦を通じて出世を重ねていく「三河雑兵心得」シリーズ。家康の勢力拡大に合わせるように、戦乱の世を駆け抜けていく主人公植田茂兵衛から目が離せません。

ついに侍大将、と喜んだのもつかの間、思わぬ横やりで足軽大将に据え置かれた茂兵衛。徳川家で生きていくは甘くない。そんな折、秀吉の惣無事令に従うため「真田との和睦を天下に示す策を述べよ」と家康に命じられる。思わぬ無茶ぶりに四苦八苦するうち、本多平八郎の娘・於稲と真田昌幸の嫡男・源三郎の婚姻が持ち上がったから、さあ大変。当然のように平八郎の説得を押しつけられてしまう。はたして茂兵衛は、家中きっての「真田嫌い」の猛将を陥落させることができるのか!? 戦国足軽出世物語、難攻不落の第11弾。

(『三河雑兵心得(拾壱) 百人組頭仁義』カバー裏の内容紹介より)

茂兵衛は侍大将となるはずが、百姓身分から成り上がったことを快く思わぬ古参の三河武士から異論が続出して、足軽大将のまま据え置きになりました。その一方で、軍制改革の一環として、新たに編成される鉄砲百人組の組頭に補されました。

知行は九百貫に加増され、率いるに人員も鉄砲足軽が百人、槍隊と弓隊が百人、小荷駄が百人の三百人規模になり、待遇は上がりましたが、身分は足軽大将のまま据え置きです。

「そもそも話が違うのですから」
 寿美が柳眉を吊り上げた。
「貴方は侍大将におなりになると伺ったのです。私はそのつもりで陣羽織を御用意しました。ところが足軽大将に格下げになられた」
「べ、別に格下げではねェわ……現状維持だがね」

(『三河雑兵心得(拾壱) 百人組頭仁義』P.14より)

侍大将と足軽大将の違いは歴然としていて、己が所在を示す小馬印の掲揚が許されるのは、侍大将以上でした。
茂兵衛の妻・寿美は、稲穂を模した小馬印も発注していましたが、これも無駄になり、新調したキンキラキンの派手な陣羽織(表紙装画に描かれている)はそのまま茂兵衛が着ることに。

天正十五年(1587)一月、秀吉は二十万の大軍を率いて九州への侵攻を開始しました。徳川家は東国の抑えのため、参陣せずに済みました。
同年五月には相手の島津家が降伏し、秀吉の九州征伐は完遂。

そして、同年十二月、秀吉は関東と奥羽に私闘の禁止を通知する、いわゆる「惣無事令」を出しました。惣無事令の実状は、秀吉が侵攻する大義名分で、次に目を付けたのが「小田原の北条と会津の伊達」でした。

北条に引きずられる形で、成り行きで秀吉の反目に回るのは避けたい徳川家。

「されば、現在沼田領を巡り敵対しておるのは北条と真田にございまする」
「ほうだら。それで?」
「そして真田と徳川家もまた三年前(天正十三年)の上田攻め以来の仲違い中。もし当家が真田と和睦すれば、これは誰の目にも……」
「うん、それはええ」
 家康と正信が同時に叫んだ。

(『三河雑兵心得(拾壱) 百人組頭仁義』P.97より)

真田との和睦は、惣無事令遵守の意思表明となる妙案で、その方策として縁組をすることに。本多平八郎の娘於稲を家康の養女にして、真田昌幸の嫡男源三郎と娶わせることに。
ところが、最大の障害が、極度の真田嫌いの平八郎の存在でした。

「平八郎様が、真田を蛇蝎の如くに嫌っておられます」
「それは……困るな。どうする佐渡?」
「殿の方から因果を含められては如何? 主命とあらば、さしもの平八郎殿でも抗えませんでしょう」
「や、それはどうかな……奴が激昂すると、正直ワシでも怖い」

(『三河雑兵心得(拾壱) 百人組頭仁義』P.112より)

誰か親しい者に説得させるしかないということで、白羽の矢が立ったのが茂兵衛でした……。

このシリーズの面白さの一つが、大河ドラマ「どうする家康」にも通じる、脱英雄(ヒーロー)の等身大の家康像が楽しめること。
家康は小心で、何か異変が起こると人並み以上に周章狼狽するくせに、その動揺が長くは続かず、やがて心を落ち着かせて冷静に対処できる存在として描かれています。

花嫁の父となる本多平八郎の描かれ方も秀逸で、かつて共に戦った茂兵衛との掛け合いも捧腹絶倒で、忘れられない名場面になりました。

本書挟み込みのチラシ「戦国心得」第3号で、著者から、「三河雑兵心得」第11巻の書名変更について、お詫びと説明がなされていました。
第十巻の文庫帯の次巻予告では、「侍大将仁義」でしたが、その後いろいろ調べた結果、「鉄砲百人組頭=侍大将」というのは無理があるという考えに至り変更したとのこと。
この史実を疎かにしない姿勢が、本シリーズの面白さを裏打ちしているように思えてなりません。

茂兵衛が、真の「侍大将」となる日がくるのでしょうか?
北条攻めでどんな活躍を見せるのか?
「どうする茂兵衛」
ますます今後の楽しみが増えました。

三河雑兵心得(拾壱) 百人組頭仁義

井原忠政
双葉社 双葉文庫
2023年3月18日第1刷発行

カバーデザイン:高柳雅人
カバーイラストレーション:井筒啓之

●目次
序章 茂兵衛百人鉄砲隊
第一章 江尻城の女
第二章 惣無事令余波
第三章 花嫁の父、暴れる
第四章 名胡桃城事件顛末
終章 はめられた老大国

本文273ページ

文庫書き下ろし

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『三河雑兵心得(一) 足軽仁義』(井原忠政・双葉文庫)(第1作)
『三河雑兵心得(十) 馬廻役仁義』(井原忠政・双葉文庫)(第10作)
『三河雑兵心得(拾壱) 百人組頭仁義』(井原忠政・双葉文庫)(第11作)

井原忠政|時代小説ガイド
井原忠政|いはらただまさ(経塚丸雄)|時代小説・作家 神奈川県出身、神奈川県鎌倉市在住。会社勤務を経て文筆業に入る。 2016年、経塚丸雄のペンネームで『旗本金融道(一) 銭が情けの新次郎』で時代小説デビュー。 2017年、同作で、第6回歴...