『ごんげん長屋つれづれ帖(六) 菩薩の顔』|金子成人|双葉文庫
金子成人(かねこなりと)さんの文庫書き下ろし時代小説、『ごんげん長屋つれづれ帖(六) 菩薩の顔』(双葉文庫)をご紹介します。。
女手一つで3人の子供を育てる質舗の番頭お勝を中心に、根津権現門前町の裏店『ごんげん長屋』の住人たちが繰り広げる、人情長屋小説シリーズの第六弾。
一話完結の連作形式で、長屋周辺で起こった出来事や騒動が綴られていき、癖になる面白さがあります。
お勝たちの隣に住まう足袋屋『弥勒屋』の番頭治兵衛。二十六夜待ちで月光の中に菩薩様のお姿を見たと言ってご機嫌だったはずの男が、ここ数日浮かぬ顔をしているという。『弥勒屋』の主の徳右衛門から話を聞いたお勝は仕事帰りに店の前を通りかかるが、そこで船頭姿の若者と揉めている治兵衛の姿を目にして――。くすりと笑えてほろりと泣ける、これぞ人情物の決定版。時代劇の超大物脚本家が贈る、大人気シリーズ第六弾!
(カバー裏の内容紹介より)
文政二年(1819)七月十六日。
盆の送り火の日、ごんげん長屋の住人、十八五文(とおはちごもん)の鶴太郎のもとを、神田の目明し丈八と、南町奉行所同心佐藤利兵衛、目明しの作造が相次いでやってきました。
「鶴太郎が売り歩いている十八五文の丸薬を飲んだ者が、三日前、苦しんだあげくに死んだんだよ」
「まさか」
思いもしない佐藤の返事に、お勝の声は掠れた。
(『ごんげん長屋つれづれ帖(六) 菩薩の顔』「第二話 鶴太郎災難」P.87より)
鶴太郎は得意先回りで留守にしていて、大家の伝兵衛と、盆棚を片付けていたお勝が対応しました。
十八五文売りとは、十八粒で五文の丸薬を売り歩く振り売り。
現在の価値でいえば100円から150円程度で、庶民にも手が出せる安価さです。
丸薬は毒にも薬にもならない気休めの薬で、飲んだからといって何かに効くこともなく、まして死ぬようなものでもありません。
元来の胃弱に加え、この二年ばかり、体全体が疲れやすく深いだるさも感じており、食欲も湧かず、ときどき、立ち眩みすることもあって、かかりつけの医者の処方で、散薬や薬湯を飲んでいた。
いつもは、安中散、麻黄附子細辛湯、苓甘姜味辛夏仁湯という物を飲んでいるのだが、三日前の朝に飲んだのは、十八五文の鶴太郎から買った丸薬だったのだ。(『ごんげん長屋つれづれ帖(六) 菩薩の顔』「第二話 鶴太郎災難」P.89より)
十八五文の鶴太郎から買った丸薬を飲んで死んだのは、神田須田町の乾物屋の主・丹治で、四十を超したばかりでした。
五年前に死んだ先妻との間に、今年八つになる娘千代がいて、三年前に、一回り以上若い年増のお秀を後添えに迎えていました。
嫌疑をかけられた鶴太郎は捕らえれ、神田須田町の自身番に繋がれました。
事件の真相を明らかにし、鶴太郎の無実は証明されるのでしょうか?
往年の捕物小説っぽいタッチで描かれています。
表題作は、二十六夜待ちの空に現れた菩薩様のお姿を見た、足袋屋の番頭・治兵衛の遠き日の悲しい恋を綴った人情噺です。
時代劇の名脚本家の腕が冴える、人の優しさが凝縮された、上質な一幕物の舞台のようです。
ほかに、貸家の札を見て、ごんげん長屋に仮住まいした若い男をめぐる珍騒動を描いた「貸家あり」と、懇意にしている医者の白岩道円からお勝に持ち掛けられた相談事とは?(「身代わり」)の全四話を収載。
珍騒動あり、捕物あり、恋愛あり、一話一話、趣向の異なる話で、江戸の四季の中に、個性豊かなごんげん長屋の住人たちの人情が描かれています。読み味がよくて誰かに優しくしたくなる一冊です。
ごんげん長屋つれづれ帖(六) 菩薩の顔
金子成人
双葉社 双葉文庫
2023年3月18日第1刷発行
カバーデザイン:寒水久美子
カバーイラストレーション:瀬知エリカ
●目次
第一話 貸家
第二話 鶴太郎災難
第三話 身代わり
第四話 菩薩の顔
本文276ページ
文庫書き下ろし
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『ごんげん長屋つれづれ帖(一) かみなりお勝』(金子成人・双葉文庫)
『ごんげん長屋つれづれ帖(二) ゆく年に』(金子成人・双葉文庫)
『ごんげん長屋つれづれ帖(三) 望郷の譜』(金子成人・双葉文庫)
『ごんげん長屋つれづれ帖(四) 迎え提灯』(金子成人・双葉文庫)
『ごんげん長屋つれづれ帖(五) 池畔の子』(金子成人・双葉文庫)
『ごんげん長屋つれづれ帖(六) 菩薩の顔』(金子成人・双葉文庫)