『編み物ざむらい』|横山起也|角川文庫
横山起也(よこやまたつや)さんの文庫書き下ろし時代小説、『編み物ざむらい』(角川文庫)を紹介します。
本書は、メリヤスの手編みを得意とする侍、黒瀬感九郎(くろせかんくろう)を主人公にした、痛快なエンタメ時代小説です。
著者は、手芸業界のパイオニアとしてワークショップや講演で大活躍している気鋭の編み物作家です。本書で小説家デビューし、初めてとは思えぬ良質の時代小説を生み出しています。
武家から信頼の篤い蘭方医・久世に疑義を唱えたことで、凸橋家から召し放たれてしまった感九郎。父から勘当もされ、失意のうちに大川のほとりで得意の編み物をしていたところ、異形の男、寿之丞たちと出会う。成り行きから彼らの仕事「仕組み」を手伝ううち、感九郎のある能力が開花。そして召し放ちのきっかけを作った人物に接近する。その正体とは!? 江戸に実在した「編み物ざむらい」と異能集団が活躍する、新感覚時代活劇!
(『編み物ざむらい』カバー裏の紹介文より)
凸橋家(とつばしけ)に仕える黒瀬感九郎は、多くの武家からの信頼の篤い名医、蘭方医久世森羅に疑義を唱え再度のお調べを願い出たことで、凸橋家を召し放ちになってしまいました。
「……お調べに……間違いがないとも……言えませぬ」
「なに馬鹿なことを言うか! 天下の奉行所のお調べが間違っていて、お前が正しいなどということがあるか! 女子供のように縫い物だ編み物(メリヤス)だなどと針内職などにうつつをぬかしておるからこんなことになるのだ! 我が黒瀬家は格のある家柄なのだぞ! その格にかなっていないからおかしなことを言うようになるのだ!」
父は何かといえば黒瀬家の「格」の話をする。
そして見かけだけ「武家」然として振る舞うのだ。
(『編み物ざむらい』P.11より)
凸橋家を召し放ちされた感九郎は、父伊之助からも勘当されて家を出ました。
あてどないまま、大川まで出て人通りの少ない道端の石に座り込み、鉄針を使って、メリヤスを編み始めます。
そこで、御前と呼ばれる年齢不詳ながら美人で艶やかな女と、魁偉な容貌に巨躯、紅殻縞に染め上げた長着を着流した異装の侍能代寿之丞(ジュノ)と出会いました。
家無し職なしの感九郎は、彼らの棲家である蔵前の墨長屋敷に連れられて、そこで暮らし始めることに。
屋敷には、二人の他に、美人で頭はいいが口が悪い人気戯作者のコキリもいました。
「だからそんなもんうっちゃとけって。お前いってただろう。例の『仕組み』には編み物の手袋があれば面白いんだがって」
「確かに言ったけどよ……高い金だして糸まで手に入れたのにメリヤスをこっちの注文通り編んでくれる奴などいなかったじゃねえか。信用がおける相手じゃなきゃいけないから、編み手をやたらみったら探すこともできねえ、とか言ってやめたのは貴様だし、仕方ねえからオレが頭ひねって代案も出しただろう」
「だから見つけたんだよ。これを見ろよ」
(『編み物ざむらい』P.38より)
ジュノは、コキリに感九郎が編んだメリヤス手袋を見せたのでした。
彼らの言う『仕組み』とは何なのでしょうか?
そして、感九郎の編み物の特技はどのように生かされるのでしょうか?
子供の頃から、「正しく生きること」を頭に叩き込まれている感九郎は、とまどい迷いながらも、『仕組み』に加担することに……。
刺繡や縫箔(ぬいはく)、仕立物などの職人が登場する時代小説はこれまでもありましたが、編み物(手編み)を得意とする武士を主人公にした作品は初めて読みました。
編み物をする場面がリアルで、編み物をしたことが全くない門外漢ながらも物語の世界にスッと引き込まれます。
やがて、感九郎は、家を出てジュノやコキリと過ごすうちに、それまで己の決めた枠(檻)の中のみで生きていて、いたずらに「正しさ」を信じて、踏み出そうとしなかった自分に気づきます。
痛快な編み物エンタメ時代小説であるとともに、感九郎の成長を描く教養小説にもなっているところが、読み味を良くしています。
興味深いことに、江戸時代に「編み物ざむらい」が実在したと本書に記されています。
メリヤスの手編は一ツ橋家田安家及龍ヶ崎の藩士最も巧にして三盆の延べの鉄串を用ゐ一本は帯際に指し左右の手に一本づゝ持ちて編む
(『日本メリヤス史 上巻』より)
株式会社ナイガイのサイトには、日本最古の靴下を水戸家の徳川光圀が履いたと記されていました。
水戸藩士たちが、黄門様のためにとメリヤスの靴下を編んでいたと妄想すると、何やら温かい気分になってきます。
続編がますます楽しみになってきました。
編み物ざむらい
横山起也
KADOKAWA 角川文庫
2022年12月25日初版発行
カバーイラスト:丹地陽子
カバーデザイン:坂詰佳苗
●目次
第一章 感九郎、出会う
第二章 感九郎、編む
第三章 感九郎、まきこまれる
第四章 感九郎、ほどく
第五章 感九郎、さらにほどく
第六章 感九郎、泣く
第七章 感九郎、にじりよられる
第八章 感九郎、むすぶ
第九章 感九郎、冷や汗をかく
第十章 感九郎、悟る
第十一章 感九郎、編むが如く
本文329ページ
書き下ろし
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『編み物ざむらい』(横山起也・角川文庫)