『曽我兄弟より熱を込めて』|坂口螢火|幻冬舎
坂口螢火(さかぐちけいか)さんの歴史読み物、『曽我兄弟より熱を込めて』(幻冬舎)を紹介します。
2022年のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」のおかげで、鎌倉時代を現代的な視点からとらえ直すことで、鎌倉時代がグンと身近になったように思います。
ところが、ドラマを見ても依然としてわかりづらいことの一つに、曽我兄弟のことがありました。
鎌倉の武士たちにとって、曽我兄弟の仇討ちとは何だったのでしょうか?
曽我兄弟の仇討ちは、やがて忠臣蔵、鍵屋の辻の決闘(伊賀上野の仇討ち)と並び、日本の三大仇討ちに数えられるほどになりました。
「伝え残したい古えの心、今ふたたび」
妖刀・膝丸の主としても注目の曽我十郎祐成、五郎時宗兄弟。
どんな困難にもめげず、父の仇討ちを果たして散った若き二人の物語が講談調の語りと徹底した時代考証で鮮やかに蘇る!幼くして理不尽に父を失った曽我兄弟
仇討ちが禁じられてた鎌倉殿の時代、どんなに世間から虐げられても、その志を砕くことはなかった。はたして彼らの運命は如何に――。(『曽我兄弟より熱を込めて』カバー帯の紹介文より)
安元二年(1176)十月、伊豆の山奥で狩りをしていた、伊豆を治め権力者伊東祐親の嫡男、河津三郎は、工藤祐経が放った刺客の矢で命を落としました。
祐経は自分が継ぐべき土地を奪い取った祐親親子を深く恨んでいました。
父三郎を殺された一萬(後の五郎)はそのとき五歳ながら、人並外れて利発な質で、泣きもわめきもせずに、父の死骸を見つめると健気に言い放ちました。
「母様、ご案じなさるな。いつか大人になれば、わたくしが仇を取ってみせます。それをお待ち下され。二所権現、三島大明神、氏神よ、お力を貸したまえ!」
そばでこの言葉を聞いていた祐親は
「おお、よくぞ言った、一萬!」と、悲しみの中にも孫の頼もしさがうれしく、止めどなく頬を濡らした。
「今の言葉、そちの父が聞いたなら、さぞや喜んだことであろう……。ああ、栴檀は双葉より芳しく、蛇は寸にして人を呑む。さすがは武士の子。三郎の忘れ形見よ。早う大人となって、見事に仇を討ち取り、孝子の名を挙げてくれよ……」
(『曽我兄弟より熱を込めて』P.17より)
兄弟の母満江は、伊東祐親の命で、祐親の縁者の曽我太郎祐信に再嫁し、一萬と箱王(後の十郎)の兄弟も曽我太郎に引き取られて育てられることに。
源頼朝が挙兵し、源平合戦が幕を開け次第に源氏が優勢となる中で、関東の武士でありながら、祐親は唯一、頼朝に反旗を翻して敗れ、打ち首になりました。
平家に与したために、在りし日の勢いを全く失ってしまった伊東一門。
曽我の幼い兄弟も哀れを極めました。頼朝の権勢を恐れた曽我の家族や使用人から、厄介者扱いをされ、侮られ虐められていきます。
実の父を殺され、母とも一緒に暮らせず、厄介者として暮らさざるを得ない兄弟。
不条理な差別と冷遇をうける二人は、一萬が八歳、箱王が六歳のとき、「いつか二人で、父上の仇を取ろう」と願文を不動堂に納めました……。
その生い立ちを知るほどに、兄弟へのシンパシーが募っていきます。
本書で興趣を覚えることのひとつが、頼朝が仇討ちを禁止していたことが描かれていること。幕府の有力者が次々に殺されていく、血に塗れた時代ゆえのことでしょうか。
禁令下での仇討ちは困難が多い反面、兄弟を陰で支える武士も少なくありません。
離れていても一心同体の兄弟愛、死を前にしても揺るぎない信念、魂を揺すぶるような若武者の実像に感動を覚えます。
著者は、『曽我物語』や『吾妻鏡』をベースに、兄弟の物語をわかりやすく書き起こしてゆきます。さらに、折々に挿入される鎌倉時代と歌舞伎に関するコラムは、この物語を理解する助けとなるものとなっています。
本書を読んで、曽我兄弟のことがよくわかり、江戸時代に百年以上にわたり正月歌舞伎の演目として上演され続けた「曽我もの」。江戸人を熱狂させてきた理由がようやく腹落ちしました。
曽我兄弟より熱を込めて
坂口螢火
発行:幻冬舎メディアコンサルティング
発売:幻冬舎
2023年1月26日第1刷発行
装画:中沢梓
装丁:秋庭祐貴
●目次
始まりのこと
河津三郎の死 兄五歳・弟三歳
奥野の狩り/父の埋葬/母の再婚
曽我兄弟、継父の元で育つ 兄九歳・弟七歳
伊東祐親の死/一萬の願文/五羽の雁/母の心変わり
閑話休題――住居について
由比ガ浜 兄十一歳・弟九歳
祐経の策略/斬首を言い渡される兄弟/畠山重忠の嘆願
兄弟、離別に泣く 兄十三歳・弟十一歳
静や静/一萬の元服/箱王、山へ入る/祐経との対面
閑話休題――酒、食べ物の話
単身、兄の元へ走る 兄十九歳・弟十七歳
箱王の脱走/五郎の勘当/十郎の危機/五郎と朝比奈の力比べ
歌舞伎の話――矢の根
兄弟、身内に裏切られる 兄二十歳・弟十八歳
三人目の兄弟/小次郎の裏切り/四面楚歌の誓い
信濃へ祐経を追う 兄二十二歳・弟二十歳
信濃の狩り/畠山と和田の恩情/無念、失敗に終わる
閑話休題――当時の学問について
五郎、勘当を解かれる 建久四年五月二十二日
曽我への帰参/最後の舞/形見の小袖
歌舞伎の話――寿曽我対面
富士の巻き狩りにて本懐を遂げる 建久四年五月二十八日
富士の巻き狩り/一瞬の好機/兄弟の遺書/無人部屋/扇の先に
曽我兄弟の最期 建久四年五月二十九日
五十斬りの果てに/五郎の尋問/首級の行方
閑話休題――髭切、膝丸について
あとがきにかえて
本文289ページ
書き下ろし
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『曽我兄弟より熱を込めて』(坂口螢火・幻冬舎)