『大江戸奇巌城』|芦辺拓|早川書房
芦辺拓(あしべたく)さんの長編伝奇時代小説、『大江戸奇巌城(おおえどきがんじょう)』(早川書房)を紹介します。
著者は、2022年に『大鞠家(おおまりけ)殺人事件』で、第75回日本推理作家協会賞【長編および連作短編集部門】&第22回本格ミステリ大賞【小説部門】を受賞され、長年、ミステリー畑で活躍する推理作家です。
近年は、歴史小説作家・時代小説作家の団体「操觚(そうこ)の会」のメンバーとして、時代小説の分野でも活躍されています。
本書は、時代劇や伝奇小説にも造詣が深い著者が満を持して刊行した、長編伝奇時代小説です。
5人の少女たちは各々が謎や難問や敵に挑んできた――頭脳明晰学問好きのちせ、弟の身代わりに男装して生きる浅茅、阿蘭陀人との間に生まれたアフネス、お家騒動から逃れた喜火姫、そして武芸百般を修めた最強の武芸者・野風。5人の少女たちが、江戸を、いや日ノ本を守るために偶然集結した!?
徳川12代将軍・家慶が治める時代、少女たちは大いなる陰謀に対峙することに、歪んだ思想のもとに《奇巖城》を一夜にして築き、世を転覆させんとする巨悪が暗躍していたのだ。5人は、悪の根城に敢然と飛び込む。が、正体を暴かれ絶体絶命! はたして敵を倒し、脱出することはかなうのか……!?
(『大江戸奇巌城』カバー袖の紹介文より)
物語に描かれているのは徳川十二代将軍家慶の時代、天保十一年(1840)ごろ。
九戸南武家の兵学教授兼本草方兼書物調役・江波戸鳩里斎の娘ちせは、父の影響を受けて、家じゅうの書物を読み散らして過ごし、簡単な医術や調薬を習得し、蘭語のABCまで独習するまでに。おかげで少し目が悪く、“近目のちせちゃん”とあだ名されるようになってしまいました。
浅茅(あさじ)は、病弱な弟の代わりに男装して湯島聖堂に通い、男子限定で受験できる「学問吟味」でも抜群の成績を修めるほど学問優秀。しかし、女であることが露見すれば、すべてを失うリスクがありました。
長崎オランダ商館勤めの上級社員の父と丸山の遊女の母の間に生まれたアフネス(Agnes)。ある理由から、常州藩の国家老の邸宅に忍び込んだところ、毒娘と間違われて屋敷の者たちに追われ囚われてしまいます。
青鴫(あおしぎ)五万石、太田原摂津守の末の姫として生まれ育った喜火姫(きびひめ)は、大名家がお家騒動の末に改易になり、屋敷を出されて、さる尼門跡の世話で尼寺で詫び住まいをしていました。
別式と呼ばれる武芸を学ぶことを許された女人、野風(のかぜ)は、ある宿場を目指す役目の途中、幽霊村に迷い込んでしまいました。
少女たちは、それぞれに敵の一味にに囚われたり、刺客に襲われたりと危険な目に遭いながらも、あるときは寒村で魔法陣の謎を解いて宝探しをしたり、またあるときは殺人事件を解決したりします。
生まれも育ちも違う、持っているスキルや性格も違う、本来出会うはずのない5人が、この世にはびこる悪を糾し、正しき者たちを助けるために、たまたま集結してしまいました。
5人は、尼門跡のもとに集まり、「門跡チーム」として八面六臂の活躍をします。
「前々から考えていたのですが、わたくしはわたくしの周りで起きたような愚かなことを、世の中から一つでも二つでも減らすお手伝いがしたいのです。野風や、ほかに同じ志を持つ人たちがいるなら、そのものたちといっしょに……いかがでしょうか、ご門跡様」
(『大江戸奇巌城』P.120より)
「門跡チーム」の少女たちは、「宇内混同」すなわち世界統一を唱え、兵学を指南する謎の塾に潜入し探索することに。
それは日ノ本の支配のもとで世界征服を画策する恐るべき計画でした……。
一人一人が個性的でかつ魅力的な5人の少女たちに、次々と危難が迫り、ハラハラドキドキの連続。読み始めたら止められない冒険活劇の始まりです。
良質で正統的な冒険活劇ロマンらしく、虚実を織り交ぜ、伝奇小説のツボを押さえながらも、自由な発想で物語が展開していきます。
著者の旺盛な妄想から紡がれる途方もない妄想、否、こんな楽しい小説を待っていました。
注目すべき点の一つは、5人の主人公たちに絡む、歴史上実在した人物たち。
将軍家慶、水野越前守忠邦、遠山左衛門尉景元、国学者平田篤胤、山崎美成、経世家の佐藤信淵といった、続々と登場する当時の著名人たちが物語を彩ります。
「門跡チーム」の次なるミッションを、続編で読みたいなあと思いました。
シリーズ化してほしい作品です。
大江戸奇巌城
芦辺拓
早川書房
2023年1月25日発行
装画:猫月ユキ
装幀:早川書房デザイン室
●目次
第1部 江戸少女奇譚の巻
その一・ちせが眼鏡をかけた由来
その二・浅茅が学問吟味を受けた顛末
その三・アフネスが毒娘と化した秘密
その四・喜火姫が刺客に襲われた次第
その五・野風が幽霊村に迷い込んだ経緯
第2部 大江戸奇巖城の巻
その一・医学館薬品会にて人同(オランウータン)大騒動
その二・最新式の聞幽管(オールホールン)で時代遅れの兵学講義を聴くこと
その三・疑問会にて羅塞塔石碑(ロゼッタストーン)の解読を試みること
その四・十二代将軍、甲比丹(カピタン)の名に舌を噛みかけること
その五・琉球尚育王の使節にめぐらされる“空ろの針(ホーレ・ナルツ)”の計のこと
その六・ご門跡チーム、いよいよ為レヌ密旨(ミッション・インポッシブル)に挑戦のこと
その七・《奇巌城(エギーユ・デトルタ)》、道光帝の使臣の前に突如姿を現わすこと
その八・日本橋に南蛮菓子舗開店してめでたく大団円のこと
あとがき――
あるいは好事家のためのNoot(ノーツ)にて御座候
本文387ページ
第1部 江戸少女奇譚の巻
「ちせが眼鏡をかけた由来」(電子書籍「伝奇無双・秘宝」2019年3月刊所載/戯作舎)
「浅茅が学問吟味を受けた顛末」(『妖ファンタスティカ』2019年5月刊所載/アトリエサード)
「喜火姫が刺客に襲われた次第」(『妖ファンタスティカ』2019年11月刊所載/アトリエサード)
「アフネスが毒娘と化した秘密」「野風が幽霊村に迷い込んだ経緯」は書き下ろし
第2部「大江戸奇巖城の巻」は書き下ろし
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『大江戸奇巌城』(芦辺拓・早川書房)