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心中事件の謎を解く名探偵は、大角先生こと国学者平田篤胤

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『大角先生よろず覚え書き』|時武里帆|ハヤカワ文庫JA

大角先生よろず覚え書き時武里帆(ときたけりほ)さんの文庫書下ろし時代小説、『大角先生よろず覚え書き』(ハヤカワ文庫JA)を紹介します。

著者は、元海上自衛官で退官後、海上自衛隊の護衛艦を舞台とした小説を発表し、『護衛艦あおぎり艦長 早乙女碧』で注目を集める気鋭の作家です。
本書では、大学で日本文学を専攻した原点にかえり、新境地である時代小説にチャレンジしています。
(実は私、新刊情報で本書の刊行を知ったときに、『護衛艦あおぎり』の著者と本当に同一人物だろうかと疑ったほど、作品のトーンや表紙装画のイメージが違っていました)

文政三年、武士の藤兵衛は湯島の蕎麦屋で枯れ木のような男に出逢う。噂ではよろず相談事に力を貸すというその人、国学者の大角先生は、藤兵衛こそ選ばれし者だから自分の弟子になれと叫ぶ。二人が師弟となり江戸の悩める人を救う!? ある日、先生の塾に思いつめた女人が来訪、祝言をあげるはずの男が神隠しに遭ったと泣く。胡散くさいと藤兵衛は思うが、探索してみると途方もない裏が……お人好しの二人が、江戸をゆく!

(『大角先生よろず覚え書き』カバー裏面の紹介文より)

文政三年(1820)十月。
浦野藤兵衛は、湯島天神町の蕎麦屋で、年季の入った袖なしの綿入れ羽織を着こんだやせぎすの男と出会いました。

蕎麦屋の店主いわく、男は大角先生(だいかくせんせい)という名で、いぶきのやという塾で国学と神道を教え、医術や易もやる、湯島界隈ではちょいと名の知れた変わり者の先生だと。
大角先生は、後世に平田篤胤の名で知られる国学者で、神童と噂のある、通称天狗小僧の寅吉と一緒に蕎麦屋に来ていました。

寅吉は、天狗にさらわれ、天狗とともに修行をして帰ってきたとして世間を騒がせていました。
天狗から授かった不思議な力を持つと評判で、大人顔負けの知恵と途方もない神通力を発揮すると、噂されました。

貧乏御家人の三男坊の藤兵衛は、蕎麦屋で篤胤より声を掛けられました。

「藤兵衛殿、そなた、絵は描かれますかな?」
 思いもよらぬ問いかけだった。
「それがしは馬庭念流免許皆伝の腕前。剣の道に覚えはございまするが、絵のほうはさほど……。まあ、いたずら描き程度でしたら、あそこに」
 藤兵衛は壁に貼ってある品書きを指した。
 一連の品書きの文字の余白に、蛙が頬を張って蕎麦を啜っている戯画が描かれている。

(『大角先生よろず覚え書き』P.16より)

藤兵衛の風貌を見て、寅吉は夢で見た、七生舞の絵を描くべき男だといいました。篤胤は藤兵衛にいぶきのやの門弟となり、寅吉の語る神仙界の絵を絵を描くように命じました。
かくして、藤兵衛はいぶきのやの門人となり、七生舞の絵を描くことになりました。

篤胤は国学を教えるかたわら、相談料の代わりに、変わった面白い話や不思議な話を持っていきさえすれば、行く末をピタリと当てるよろず相談に乗っていました。
その日も、祝言を前に許婚が神隠しに遭ったというお紺という娘の話を熱心に聞いていました。

篤胤と一緒に話を聞いた藤兵衛は、お紺の許婚が剣術の稽古場仲間の比企勢之助だと知り、行方不明となった勢之助をさがし出すことを約束し、お紺は気持ちを弾ませて帰りました。

ところが、その二日後、神田川で男女の水死体が上がり、女はお紺で、男は比企勢之助という武家だといいます。
いったいなぜ、二人が心中を?
篤胤と藤兵衛が探索をはじめると、心中の裏に途方もない敵の存在が…。

本書は、荷田春満、賀茂真淵、本居宣長とともに国学の四大人(うし)の一人に数えられる平田篤胤を探偵役に据えた、ユーモア時代小説です。
しかも、当時江戸で大きな話題となった、天狗小僧寅吉の話が物語に巧みに取り込まれていて、興趣をそそられます。

洞察力があって。いろいろな学問に通じている半面、幽冥界への関心が人一倍強くて、大好きなことには寝食も忘れて没頭してしまう篤胤の人物像が魅力的。
お人好しで情に厚く、純粋な藤兵衛とのコンビも楽しいバディ捕物小説の誕生です。

時代小説デビュー作で、早くも時代小説ファンばかりか、歴史通をも唸らせる著者に感服しました。
大角先生の続編の刊行が待ち遠しいです。

大角先生よろず覚え書き

時武里帆
早川書房所 ハヤカワ文庫JA
2023年2月15日発行

カバーイラスト:ももろ
カバーデザイン:大原由衣

●目次
第一章 神隠し
第二章 心中一件
第三章 かっぽれ
第四章 吉原にわか
第五章 いぶきのや

本文259ページ

本書は文庫書き下ろし

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『大角先生よろず覚え書き』(時武里帆・ハヤカワ文庫JA)
『護衛艦あおぎり艦長 早乙女碧』(時武里帆・新潮文庫)

時武里帆|時代小説ガイド
時武里帆|ときたけりほ|小説家1971年、神奈川県生まれ。明治大学を卒業し、海上自衛隊幹部候補生学校に入校。女性自衛官として勤務後、退職。2014年、『ウェーブ 小菅千春三尉の航海日誌』で、第4回ゴールデン・エレファント賞大賞を受賞し、時武...