『ねじり梅 花暦 居酒屋ぜんや』|坂井希久子|時代小説文庫
坂井希久子(さかいきくこ)さんの文庫書き下ろし時代小説、『ねじり梅 花暦 居酒屋ぜんや』(時代小説文庫)を紹介します。
出張のお供に持っていった一冊です。
本書は、「居酒屋ぜんや」シリーズのセカンドシーズン「花暦」編の第3弾です。
「花暦」では、主人公が「ぜんや」の女将お妙と元旗本の次男坊・只次郎から、二人の養い子であるお花と、薬種問屋俵屋の手代熊吉という若い二人に移りました。
居酒屋「ぜんや」の女将・お妙の父がかつて売っていた薬をもとに作られた「龍気補養丹」を改めて売り出すことになった熊吉。養い子だが、少しずつ只次郎とお妙に心を開き始めたお花。ようやく道が開けてきたかに見えた二人に、だが新たな災難が降りかかる――。押し込み未遂騒動に、会いたくない人との再会まで。それでも二人は美味しい料理と周囲の温かい目に守られながら、前を向いて頑張ります! 馬面剥の肝和え、飯蛸煮、鱈の白子での雑炊、鮸(にべ)の塩焼き。お腹と心を満たす、人情時代小説、第三弾!
(『ねじり梅 花暦 居酒屋ぜんや』カバー裏の紹介文より)
寛政十一年(1799)師走。
上方に「龍気補養丹」の売弘所(うりひろめどころ)を設けるために、俵屋の若旦那と熊吉が江戸を出てから四十日あまり、もう帰ってこなくてはおかしいと思われるころ。
その朝、明け六つ半、俵屋の手代留吉が「ぜんや」にやってきました。
「実は昨夜遅く、うちの店に何者かが参りまして」
何者かとは、ずいぶんぼかした言い方だ。気にかかったが、そのまま先を聞くことにする。
「夜更けのことですから、店の揚げ戸はもちろん閉まっておりました。その戸を誰かが、外から叩いているのです。気づいた女中が誰何すると、相手は熊吉だと名乗ったそうです」(『ねじり梅 花暦 居酒屋ぜんや』P.50より)
女中は偽者と思い、うかつに潜り戸を開けずに事なきを得ました。
賊かもしれないと御番所に届け出て、主人の指示で関係先に知らせたのでした。よく知る声に油断して戸を開けたりしないようにと。
俵屋の押し込み未遂で危難が迫るなかで、ある縁談話も持ち上がり、「ぜんや」は騒動の影響を受け、お花の心も揺れていました。
「あの、ちょいと。お待ちったら」
背後から、女の声が聞こえてきた。気にせず先を急いでいたら、今度ははっきりと名を呼ばれた。
「ねぇ、花。お花ってば!」
「えっ!」
びっくりして、振り返る。急に立ち止まったものだから、行商人風の男と肩がぶつかり、舌打ちをされた。(『ねじり梅 花暦 居酒屋ぜんや』P.128より)
お使いに出た帰り、内神田へ続く今川橋にかかるところで、お花はおかみさん風の身綺麗な女に声を掛けられました。
それは、会いたくなかった人との再会で、養い親にも話すことができない秘密を抱えることになりました……。
親に捨てられ、お妙と只次郎に育てられていることから、ちょっとしたことにも心を揺れ動かすお花。
お妙の包丁による人参の飾り切り「ねじり梅」に感動して、自分でもやってみたり。
大人に向けて成長途上の娘がもつ不安感の描写が真に迫り、物語に奥行きを与えています。
新たな災難が降りかかるなかで、二人は周囲の温かい目に守られながら、一日一日を一生懸命に頑張っていく姿に勇気づけられます。
居酒屋を舞台にした料理小説として今回も読者の胃袋を大いに刺激します。
風呂吹き大根に馬面剥ぎの肝和え、子持ち飯蛸と里芋の煮物、鱈の白子の雑炊、鮸(にべ)の塩焼き、浅蜊の吸い物はどれも美味しそう。
中でも生蛸の昆布締め、茹で蛸の刺身から、珍味、酢の物、蛸の天麩羅、お吸い物、蛸飯まで蛸づくしは圧巻です。
ねじり梅 花暦 居酒屋ぜんや
坂井希久子
角川春樹事務所 時代小説文庫
2022年11月18日第一刷発行
装画:Minoru
装幀:藤田知子
●目次
声はすれども
七色の声
くれない
縁談
時鳥
本文230ページ
「声はすれども」「七色の声」「くれない」「縁談」は「ランティエ」2022年7月~10月号に掲載された作品に、加筆修正したもの。
「時鳥」は書き下ろし。
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『すみれ飴 花暦 居酒屋ぜんや』(坂井希久子・時代小説文庫)(第1作)
『萩の餅 花暦 居酒屋ぜんや』(坂井希久子・時代小説文庫)(第2作)
『ねじり梅 花暦 居酒屋ぜんや』(坂井希久子・時代小説文庫)(第3作)