『家康さまの薬師』|鷹井伶|潮文庫
鷹井伶(たかいれい)さんの文庫書き下ろし時代小説、『家康さまの薬師』(潮文庫)を紹介します。
NHK大河ドラマ「どうする家康」の放送が始まり、徳川家康への関心が高まっています。
本書は、家康の時代を描く、注目の文庫書き下ろし時代小説です。
服部半蔵も重要な役回りで登場します。
著者は文庫書き下ろしでユニークな活躍を続ける一方で、漢方養生指導士、漢茶マスターの資格を有し、時代小説に漢方や薬膳の知識を取り入れた『お江戸やすらぎ飯』シリーズがあります。本書とあわせて、ひそかに、薬膳系時代小説として注目しています。
幼いころに松平元信(徳川家康)の家臣・服部半蔵に命を救われた瑠璃。保護された村で出会った師匠から本草学の書籍をもらい受け、薬師になる夢を膨らませる。一方、家康は桶狭間を経て、戦国大名へと昇り詰めていく。しかし、外からは武田の侵攻や織田信長からの圧力。内では正室・築山御前とのすれ違い。心労の絶えない家康の傍らで、瑠璃は茶や薬を煎じて支え続ける。
(『家康さまの薬師』カバー裏の紹介文より)
弘治三年(1557)正月、十六歳になった松平元信(後の徳川家康)は、家臣の服部半蔵を供に、同じ駿府の屋敷の近くに暮らす母方の祖母・源応尼を訪ねました。
そこで小間使いをする少女瑠璃と出会いました。
瑠璃は医師だったという父の顔を知らずに育ち、母も二年前に野盗に襲われて亡くし、浜松万斛村の大庄屋鈴木権右衛門に育てられていました。
母から医術の手ほどきを受け、武田信玄の侍医でもあった永田徳本から書物を与えられ、薬師を目指していました。
瑠璃には、医術の知識を生かして、身体の調子に合うお茶を用意するという特技がありました。
「では、これはいったい何が入ってるんだ?」
「炒ったごぼうと干した山芋、ナツメの実、それとミカンの皮を天日でよく干したものです。陳皮といって気を巡らせて明るくしてくれます」」
(『家康さまの薬師』P.26より)
その日も今川義元の命で瀬名(後の築山殿)との祝言を間近に控えてに、暗く鬱屈し、便秘気味な元信のために、特製のお茶をつくってだしました。
当時薬嫌いだった元康(元信改め)は、瑠璃によって次第に薬の大切さに気付いていきます。
瀬名と結婚し、嫡男信康が生まれました。
ところが、桶狭間の戦いで今川義元が討ち取られると状況は一変し、家康(元康改め)を次々に試練が襲います。
瑠璃は研鑽を続け、心づくしの薬と茶で家康を刺させ続けます。
戦を嫌う瑠璃と、戦を嫌いながらも生きるために戦い続けなければならなかった家康。
「戦のない世か……」
「はい」
瑠璃はひたと見つめたが、家康は眩しそうに目を逸らした。
「殿さま、徳川とお名乗りになったのは、この世を治めたいというお気持ちからではないのですか。なればこそ、殿さまのお手で戦のない世をお造りに」(『家康さまの薬師』P.198より)
秀吉に仕えた医師で側近の徳運軒全宗(後の施薬院全宗)や、当代一の名医、曲直瀬道三が登場するのも面白いところです。
徳本は、知足庵や茅庵とも称し、「当時第一級の名医で、後世には医聖と呼ばれるほど。信玄や上杉輝虎(謙信)など武将の患者も少なくなく、その診察日誌は最高機密として、敵将ならずとも垂涎のもので、この診療日誌を巡る争奪戦も描かれていました。
瑠璃や築山殿、側室の西郡の方、於万の方、於愛の方など、家康をめぐる女性たちの話を中心に、この戦国の物語は進んでいきます。
合戦シーンが中心の家康小説とは視点が異なる、家康像が楽しめます。
戦国小説で文庫書き下ろしのシリーズ化はなかなか難しいですが、この題材なら、家康と瑠璃のその後を読みたく、続編を期待してしまいます。
家康さまの薬師
鷹井伶
潮文庫
2023年2月4日初版発行
装画:Minoru
カバーデザイン:Malpu Design(宮崎萌美+高橋奈々)
●目次
一 欝々の若君
二 医聖読本
三 桶狭間
四 茅庵覚書
五 戦の大義
六 謀反者始末
七 阿茶局
本文318ページ
書き下ろし
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『家康さまの薬師』(鷹井伶・潮文庫)
『大江戸やすらぎ飯』(鷹井伶・角川文庫)