『拙者、妹がおりまして(8)』|馳月基矢|双葉文庫
馳月基矢(はせつきもとや)さんの文庫書き下ろし時代小説、『拙者、妹がおりまして(8)』(双葉文庫)を紹介します。
本所相生町で手習所を営む御家人白瀧勇実と妹千紘、白瀧家の屋敷の隣にある剣術道場の師範代で跡取り息子の矢島龍治、家禄百五十石の旗本の娘・亀岡菊香。四人の若者の日常の出来事を描く青春時代小説の第8弾です。
白瀧勇実が想いを寄せる亀岡菊香を送っている途中、突然の嵐となってしまった。雨宿りしたのが船宿・大柳屋の店先で、二人は一晩を共にすることに。するとなんと素性を隠して大柳屋に潜んでいる鼠小僧と出くわした。聞けば、役人や大店の旦那相手に密かに色を売って荒稼ぎしているこの宿を探っているのだという。その夜遅く……評判の悪い女将が倒れていた――。「ただの雨宿り」など4話を収録。“想い想われ”が深まる人気シリーズ第8弾!
(『拙者、妹がおりまして(8)』カバー裏の内容紹介より)
文政六年(1823)の夏から秋。
勇実と菊香、矢島龍治と千紘、なかなか進展しない二組の男女の仲。
周囲も似合いと認めているのに、何ともじれったい関係です。
龍治はその日、愛犬の正宗を連れて両国広小路を歩いていると、因縁をつけて絡んでくるごろつき三人と、若い娘二人を背に庇って対峙している頭巾姿の女を助けました。
頭巾の下の顔は美しく、目尻がすっと切れ長で、笑みを浮かべた唇は薄く涼し気。女であっても二枚目と言いたくなる風貌で、男としては小柄な龍治よりも上背がありました。
於登吉と名乗る女は深川の芸者で、『明け星の於登さま』と女子からの人気抜群の唄の名手でした。
その翌日、矢島道場に珍客が訪れました。
ちょうど出先から千紘が帰ってきて、琢馬も勇実のところに遊びに来ていました。勇実の手習所がお開きになった後で、矢島家の庭には筆子や門下生を含む大勢がいました。
「あたしを身請けしてくれとは言わないよ。でも、ほんの少し、あたしも夢を見てみたくなった。矢島龍治さん、あたしはおまえさんに惚れたんだ。こうやって思いの丈を告げることを、どうか許しておくれ。あたしにとって、いっとうまばゆい明け星は、おまえさんだ。おまえさんのことが好きだよ」
悲鳴とどよめきが波紋のように広がった。(『拙者、妹がおりまして(8)』P.95より)
思いがけない於登吉の告白。
柳眉を吊り上げていた千紘は、一呼吸すると、傍らの琢馬の腕を取って、花火見物に連れて行ってほしいと告げて出かけました。
どうする、龍治。
(第二話 明け星の君より)
風の吹きつける音と共に、ぱらぱらと打ち鳴らすような雨の音が響いている。
船宿の天井が軋んだ。遠く近く、雷鳴が聞こえる。
勇実の耳は、その凄まじい嵐の音の中でも、ささやかな衣擦れの音をしっかりと拾った。
音から察するに、菊香はすでに帯をすっかり解いている。濡れた小袖も脱いでしまったに違いない。
(『拙者、妹がおりまして(8)』P.127より)
第三話の「ただの雨宿り」で、勇実は菊香を八丁堀まで送る途中、雷鳴とともに大粒の雨に降られ、とっさに大柳屋という船宿の軒下に駆け込みました。
飴に濡れた二人は、女将に勧められるまま、その船宿に泊まることに。
ところが、大柳屋は恋人たちが一晩の逢引きをする場所であるばかりか、まともな船宿ではありえない秘密がありました。
二人の関係はどうなるのでしょうか?
第三話では、7巻で描かれた「妹おり」ファミリーの箱根温泉での騒動編に登場した鼠小僧が、大柳屋の手代として登場します。
しかも、この話は、勇実を探偵役にしたミステリー仕立てとなっていて、その推理が楽しめます。
続く第四話では、かわら版が伝える鼠小僧の活躍に感銘を受けた、勇実の手習所の筆子たちが、小さな鼠小僧となって秘密の務めを果たす、楽しく微笑ましい話となっています。
青春ラブコメ小説であり、痛快捕物小説であり、寺子屋(手習所)小説でもある、さまざまな趣向が楽しめる連作時代小説シリーズ。引き出しが豊富になり、第8巻にして、ますます面白くなってきました。
江戸の花火から大嵐など、さりげなく織り込まれる江戸の四季の描写で、季節が身近に感じられるところも気に入っています。
拙者、妹がおりまして(8)
馳月基矢
双葉社 双葉文庫
2023年1月15日第1刷発行
カバーデザイン:bookwall
カバーイラストレーション:Minoru
●目次
第一話 蘭方医の領分
第二話 明け星の君
第三話 ただの雨宿り
第四話 小さな鼠小僧たち
本文249ページ
文庫書き下ろし
■Amazon.co.jp
『拙者、妹がおりまして(1)』(馳月基矢・双葉文庫)
『拙者、妹がおりまして(7)』(馳月基矢・双葉文庫)
『拙者、妹がおりまして(8)』(馳月基矢・双葉文庫)