『幸村を討て』|今村翔吾|中央公論新社
今村翔吾さんの長編歴史小説、『幸村を討て』(中央公論新社)を紹介します。
2022年、著者は1月に『塞王の楯』で第166回直木賞を受賞すると、その後も、目覚ましい活躍をされました。
直木賞の受賞後の会見で、全国47都道府県の書店にお礼に回る「まつり旅」を宣言し、約4カ月をかけて実施するという快挙を達成されました。
自著のPRだけでなく、全国の書店を元気づけるものであり、その土地の学校では講演会を行い、青少年に夢と勇気を与えました。
さらに、テレビのニュース情報番組にコメンテーターとして出演したり、書店を経営したりと作家として枠を打ち破る行動をしました。
その一方で、「月刊今村翔吾」という勢いで、作品を次々にリリースしています。
2月 『イクサガミ 天』(講談社文庫)
3月 『恋大蛇 羽州ぼろ鳶組 幕間』(祥伝社文庫)、『幸村を討て』(中央公論新社)
4月 『八本目の槍』(新潮社)
7月 『蹴れ、彦五郎』(祥伝社)
9月 『てらこや青義堂 師匠、走る』(小学館文庫)
10月 エッセイ集『湖上の空』(小学館文庫)
11月 『風待ちの四傑 くらまし屋稼業』(時代小説文庫)
目覚ましい活躍ぶりのなかで、特筆したいのは、受賞第1作を文庫オリジナルの形で刊行した『イクサガミ 天』と本書。
『イクサガミ 天』は、歴史物や時代小説が苦手な読者を想定して書かれたような明治エンタメ小説です。
本書は、歴史ファンに人気が高い真田家を題材にした、痛快戦国エンタメ小説となっています。
亡き昌幸とその次男幸村――何年にもわたる真田父子の企みを読めず、翻弄される諸将。徳川家康、織田有楽斎、南条元忠、後藤又兵衛、伊達政宗、毛利勝永、ついには昌幸の長男信之までもが、口々に叫んだ。「幸村を討て!」と……。戦国最後の戦いを通じて描く、親子、兄弟、そして「家」をめぐる、切なくも手に汗握る物語。
(本書カバー帯の紹介文より)
天下分け目の関ヶ原の戦いから十三年。
慶長十九年(1614)、遂に家康は豊臣家に仕掛けました。
京の方広寺の梵鐘に刻まれた、「国家安康、君臣豊楽」の文字に、「家康」の諱を割る呪詛、豊臣家を主君として世を楽しむという隠れた宣言だと、難癖をつけました。
豊臣家は即座にそのような意図はないと弁明の使者を立てますが、家康は一向に取り合いません。家康の姿勢を見て、豊臣家は開戦を避けられぬと考え、各地から浪人を集め始めました。
土佐の元大名の長宗我部盛親、黒田家の元重臣の後藤又兵衛、宇喜多家の猛将明石全登、加藤家の鉄砲大将を務めた塙団右衛門、陣借りで有名を馳せた薄田兼相、元小大名の毛利勝永らです。
そんな中に、父真田昌幸とともに関ヶ原の折の上田合戦で活躍し、戦後に紀州九度山に幽閉されていた次男・真田左衛門佐の姿もありました。
「一応訊いておくが、その次男の名は何と謂う」
次男、次男と呼ぶのも不便で、頭の片隅にでも留めておこうと尋ねた。
「真田左衛門佐信繁」
「ふむ」
全く印象に残っていない男なのだ。そして感慨も湧かないのは当然である。下手をすれば明日にでもその名を忘れているのではないか。そのようなことを茫として考えながら、家康は曖昧な返事をして頷いた.
(『幸村を討て』P.42より)
大坂城に入るに際して、信繁は幸村に名乗りを変えました。そして、家康が大坂城で他に比べて守りが弱いと気づいていた平野口の前に小さな出城真田丸を築きました。
家康は、加賀前田家の当主前田利常、徳川譜代の井伊直孝、家康の孫の松平忠直らに、真田丸を囲み焦らずにじっくりと攻めるように命じました。
ところが、前田隊が突如真田丸に猛攻を始めました。家康が制止させるように命じる中で、前田隊の抜け駆けだと考えた井伊、松平の両隊までつられるように攻撃を始めます。
真田が仕掛けた、大坂方の内応を伝える偽伝令などに惑わされ、前線は大いに混乱を招きました。
「この手口は……」
「上様」
正信は激しく首を横に振り制するが、喉元まで来ている言葉はもう止まらなかった。
「房州」
「房州は死んだのです」
「では誰がこのように見事な策を打つ! 城内にそれほどの男がいるのか!?」
「それは……」(『幸村を討て』P.57より)
「幸村を討て!」
冬の陣で本陣まで肉薄した幸村と対峙した家康をはじめ、大坂城に間者として入った織田有楽斎、鉢屋衆と呼ばれる忍びの者を遣う元伯耆国の小大名南条元忠、大将首を討ち取り名を挙げることのみを考える荒木又兵衛らが、同じ言葉を叫んだり、口を出しました。
大坂城入城に際して、信繁はなぜ幸村に名乗りを変えたのでしょうか?
敵ばかりでなく、味方も、名だたる武将たちはなぜ「幸村を討て」と言ったのでしょうか?
はたまた、大坂の陣で兄信之が果たした役割とは?
終盤で伏線が回収されていくところが見事で、驚嘆するばかり。
信之と幸村の真田兄弟がかっこよく、家康とその謀臣本多正信との対決にワクワクドキドキが止まりません。
本書ではだれもが知っている歴史を扱いながら、武将たちを攪乱し乱世を駆け抜けた真田家の痛快な生き様が存分に描かれ、心地よい感動と満足感が得られました。
著者は、直木賞受賞後に、小学校五年生の時、池波正太郎先生の『真田太平記』に出会い、大きな影響を受けたと語っています。
本書は、著者の池波さんへの想いが詰まったオマージュとなる記念碑的な作品です。
池波小説で時代小説好きとなった自分にとっても忘れられない一冊となりました。
2023年は池波さんと司馬遼太郎さんの生誕100年となる年。
著者のどんな活躍が見られるのか、妄想しただけで今から胸が高鳴ってきます。
幸村を討て
今村翔吾
中央公論新社
2022年3月25日初版発行
装画:茂本ヒデキチ
装幀:片岡忠彦
●目次
○
家康の疑
○○
逃げよ有楽斎
○○○
南条の影
○○○
○
名こそ又兵衛
○○○
○○
政宗の夢
○○○
○○○
勝永の誓い
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●●●
真田の戦
本文527ページ
本書は、読売新聞オンラインに2020年4月1日から2021年6月5日まで連載された「幸村を討て」を加筆・修正したもの
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『幸村を討て』(今村翔吾・中央公論新社)
『真田太平記(一) 天魔の夏』(池波正太郎・新潮文庫)