『おれは一万石 西国の宝船』|千野隆司|双葉文庫
千野隆司(ちのたかし)さんの文庫書き下ろし時代小説、『おれは一万石 西国の宝船』(双葉文庫)を紹介します。
文庫書き下ろし時代小説「おれは一万石」シリーズは、本書で23巻、帯に「シリーズ累計78万部突破」とあり、大人気のシリーズとなっています。
本家の浜松藩江戸家老の浦川や、同じ分家の常陸下妻藩の先代藩主井上正棠らの企てを破り、下総高岡藩一万石の藩主の座に就いた井上正紀。
藩主になっても、その奮闘は続きます。
浦川や正棠たちの企てを打ち破り、無事高岡藩主の座に就いた正紀。決意も新たに藩内の改革を推し薦めるべく、人事に着手するのだが、能力を重視する方針を打ち出したことで、その処遇を巡って不満を持つ者が出るなど、思わぬ軋轢が生じてくる。人心掌握の難しさに直面した正紀は、難局を乗り切ることができるのか――!? 大人気のシリーズ23弾!
(本書カバー裏の紹介文より)
寛政三年(1791)三月、正紀は先代藩主正国の跡を継いで、下総高岡藩一万石井上家の当主となり、藩主としての暮らしが始まりました。
天明の大飢饉を経て、高岡藩の財政はひっ迫していました。
婿に入った五年前、藩は領地に接する利根川の護岸工事のための二千本の杭を調達することもできませんでした。藩主から禄米二割の借り上げをしても、焼け石に水でした。
苦しんでいる藩士領民を「どうにかしたい」と願い、新たな治世を始めるにあたって、人心を一新し、藩の財政改革を行うために、江戸詰めの藩士を前に適材を適所に異動する役替えを発表しました。
藩主が決めたことは絶対で、異を唱える者はいませんでしたが、満足した者と不満の者がはっきりと二分されました。
「不満を持つ者とそうでない者との間にできた溝を埋めるのは、できないことではない」
「さようですな。己を不遇だと思う者を、満足させればいい」
正紀と佐名木の言葉を受けて、源之助は不審な顔を向けた。満足させる手立てがあるのかと言いたいのだろう。
「二割の借り上げを止めればいい」
「それはそうですが」
容易くできない。けれどもまだ、人事を尽くしてはいなかった。実現できれば、浦川や正棠が何をしようと、藩士たちの心は動かなくなる。(『おれは一万石 西国の宝船』P.82より)
人心掌握の難しさを痛感する正紀は、長年続く藩士の禄米二割の借り上げをなくすための方策として、丸亀藩京極家の詫間塩千石を仕入れて江戸で売ることを考えました。
ところが、仕入れには二百八十三両かかるほかに、江戸から買い入れた先の土地までの廻漕の費えがかかり、一時的に保管するための納屋も手配する必要があります。その借り賃もかかり当座の金子として百両ほど入用とのこと。
丸亀藩への支払いは1カ月先ですが、たとえ売れても、買い入れた者から支払いを待ってくれと言われたら……。
利も大きいが、損をするかもしれないという負の部分や初期費用の用意という問題、さらに、売り先を見つけることも急務です。
しくじると、在庫と借金だけが残る仕組みで、正紀たちの新たな奮闘が始まります。
一方で、反正紀派の残党と藩内の不満分子が結びつき、正紀の新しい事業を邪魔しようとします・そこに、丸亀藩の下り塩の販売を争う商売敵も現れて……。
今回は、正紀はじめ高岡藩士たちが、慣れの塩の販売に東奔西走するところが読みどころの一つです。果たして、武家の商いはうまくいくのでしょうか?
本書も勧善懲悪をベースした痛快な読み味が楽しめて、人気の理由もうなずけます。
おれは一万石 西国の宝船
千野隆司
双葉社 双葉文庫
2022年12月18日第1刷発行
カバーデザイン:重原隆
カバーイラストレーション:松山ゆう
●目次
前章 初仕事
第一章 下り塩
第二章 久世家
第三章 京懐妊
第四章 闇の川
第五章 樽廻船
本文259ページ
文庫書き下ろし
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『おれは一万石』(千野隆司・双葉文庫)(第1作)
『おれは一万石 藩主の座』(千野隆司・双葉文庫)(第22作)
『おれは一万石 西国の宝船』(千野隆司・双葉文庫)(第23作)