『大江戸秘密指令1 隠密長屋の十人』|伊丹完|二見時代小説文庫
伊丹完(いたみかん)さんの文庫書き下ろし時代小説、『大江戸秘密指令1 隠密長屋の十人』(二見時代小説文庫)をご恵贈いただきました。
著者は、プロフィールでは、生まれた年や出身地などの明示はありませんが、映画祭の審査員や江戸講座講師、寄席での対談など幅広く活躍されていて、映画マニアで落語やミステリにも造詣が深いとのこと。
本書は、往年のハリウッド映画を想起させ、昭和の香りがただようタイトルで、令和に贈る、大江戸エンタメ時代小説です。
小栗藩主の松平若狭介から「すぐにも死んでくれ」と言われて、権田又十郎は息を呑むが、平然と落ち着き払い、ひれ伏して、「ご下命とあらば…」と覚悟を決める。ところが、なんと「この後は日本橋の裏長屋の大家として生まれ変わるのじゃ」との下命だった。勘兵衛と名を変え、藩のはみ出し者たちと共に町人になりすまし、江戸にはびこる悪を懲らしめるというのだが……。
(『大江戸秘密指令1 隠密長屋の十人』カバー裏の説明文より)
主人公の権田又十郎は、出羽国、小栗藩(架空)七万石、松平家の勘定方の藩士。親の代から江戸詰で、五十になる今年、隠居となるはずでしたが……。
隠居届を出して間もなく、又十郎は主君松平若狭介信高より内々に呼び出されました。
江戸家老が側に控える主君の前で深々と平伏すると、若い主君からその命をもらいうけたいと下命を受けました。
「よし、又十郎。そのほう、すぐにも死んでくれ」
「御意」
若狭介は満足そうにうなずく。
「権田又十郎は死に、この後は日本橋の裏長屋の大家として生まれ変わるのじゃ」
「ええっ」(『大江戸秘密指令1 隠密長屋の十人』P.264より)
腹を切る覚悟で、殿の下命を平然と聞いていた又十郎も、これには驚きを隠せません。
妻子もなく、家は国許の遠縁の若者が家を継ぐことになっていて、未練がない平十郎は、日本橋田所町で、絵草子屋亀屋の主人となり、裏長屋「勘兵衛長屋」の大家となりました。
長屋に暮らす九人はすべて、元小栗藩で身寄りがない者ばかり。武芸に優れていたり、特技をもっていたり、隠密を得意にしていたり。
老中となった松平若狭介ですが、なかなか意見は取り上げられず、そこで、手練れの家来を選んで密かに巷の不正をただすというのです。
算盤が得意で、剣術も免許皆伝の腕前で、肝も据わった又十郎あらため勘兵衛と、九人の隠密たちが、最初に取り組むのが、瓦版に書かれた辻斬りでした。
瓦版には、下谷往来にて辻斬り、斬られた首を抱えてしばらく歩いてから、ようやくこときれた男の絵がありました。
老中から奉行所に問い合わせてもそのようなことはないとのことで、真偽を調べよとの下命です。
本書では、殿の下命である「秘密指令」を遂行するべく、勘兵衛をはじめとする十人の隠密がそれぞれの特技を生かして秘密を探索し、悪を成敗していくところ、勧善懲悪にあります。
物語の中で、十人の隠密たちが藩を離れることになった経緯が過不足なく説明されていき、それぞれの役割や特技を確認しながらストーリーを追うことができます。
楽しみが多く、肩の凝らない痛快な大江戸エンタメ時代小説の誕生です。
大江戸秘密指令1 隠密長屋の十人
伊丹完
二見書房 二見時代小説文庫
2022年11月15日第1刷発行
カバーイラスト:安里英晴
カバーデザイン:ヤマシタツトム(ヤマシタデザインルーム)
●目次
第一章 隠密長屋
第二章 大家誕生
第三章 辻斬り始末
第四章 子宝綺譚
本文298ページ
書き下ろし。
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『大江戸秘密指令1 隠密長屋の十人』(伊丹完・二見時代小説文庫)