『山桜花 大岡裁き再吟味』|辻堂魁|講談社文庫
辻堂魁(つじどうかい)さんの文庫書き下ろし時代小説、『山桜花(やまざくらばな) 大岡裁き再吟味』(講談社文庫)を紹介します。
本書は、『落暉(ゆうひ)に燃ゆる』に続く、「大岡裁き再吟味」シリーズの第2弾です。
南町奉行から寺社奉行に転出し、還暦を過ぎた大岡越前守忠相は、自身がかつて関わった裁きが正しかったのか?
鷹狩りの折に、目に留めた鷹匠の子・古風十一(さきかぜじゅういち)の手を借りて、事件をもう一度洗い直していく探索の過程と予想もつかない結末が楽しめる痛快時代小説。
町奉行から外れても、大岡越前は裁きが気にかかる。十七年前、寺の年若い下男が折檻されて殺され、山桜の下に埋められた。父親が下手人御免の願いを出し、皆、お咎めなしと決した。その事件にいま、ある疑惑が浮かぶ。大岡越前は、鷹匠の子、古風十一に探索を命じた。あの裁きは正しかったのかと。
(本書カバー裏の紹介文より)
元文三年(1738)春。
雑司ヶ谷村の本能寺の住持日彦は老衰で亡くなる間際に、十七年前に、寺で起きたある事件について問わず語りをしました。
寺の下男として雇い入れた十二歳の子供直助が、寺で修行をしていた二人の所化にひどい暴行を受けて絶命し、亡骸を大塚村の山桜の木の下に埋めました。亡骸はすぐに発見され、所化二人は直助殺害の下手人として裁きを受けましたが、意外にも二人はお構いなし(無罪)となりました。
根来組与力の直助の父・一色伴四郎より、下手人御免の願いが評定所に差し出されたからでした。
死の床に横たわる日彦は、息も絶え絶えに語ります。
「違う。あれは真実ではない。罪のない少年の命を殺めて、あのお裁きは、お構いなしは間違っている。われらは……」
腰付障子を染めた夕焼けの紅色を見つめていた日彦は、瞼を皺だらけにして、ぎゅっと目を閉じ、
「……獄門になっていても、いや、獄門にこそ処せられるべきであった」(『山桜花 大岡裁き再吟味』 P.27より)
死を前にして、御仏に仕える日彦は、真実を語ったのでしょうか?
しかし、すべてを語る前に老住持は眠るように生涯を閉じました。
臨終に立ち合った下男から、十七年前の事件の問わず語りの内容が、やがて大岡忠相の耳にも届きました。
「(前略)わたしは三奉行のひとりとして、評定の場に出座した責任がある。十七年前、わたしは事実を裁いたのか、それとも操りの木偶であったのか、今になってそれを問われた。ならば、確かめるしかあるまい。裁きに間違いがあったならば、遠くすぎたことであろうと、裁きはまだ終わっていない。年寄りの見たひと夜の果敢ない夢だったと、終らすわけにはいかぬのだ」
(『山桜花 大岡裁き再吟味』 P.74より)
忠相は、十一を呼び寄せて、自身の心情を明かして、十七年前の直助殺しの一件を調べ直すように依頼しました……。
本書の面白さは、南町奉行から寺社奉行に転出した大岡越前守忠相と、鷹匠の子で鳥刺を目指す古風十一の二人を主役に配したことから来ています。
元読売屋の金五郎を相棒に、古い事件を地道に探索をする十一。
長身痩躯で、才槌頭。白地に紺と茶褐色の絣模様の上衣に、鳶色の裁っ着け袴、皮で蔽った手甲に黒足袋草鞋掛の扮装で、両刀ではなく黒鞘の小さ刀一本のみを差した若衆。
大人気シリーズ「風の市兵衛」の主人公・唐木市兵衛のように、善意をもつ者は惹きつけられ、愛されるキャラクターです。
一方で、忠相の南町奉行時代の経済政策が巨大両替商らに不評で、彼らのために裏工作に奔走する北町奉行稲生正武と後任の南町奉行松波正春ら幕府高官たちの水面下での暗躍が描かれていきます。
痛快さやセンチメンタルだけでない、過ぎ去った日々への悔恨や大人の事情を交えた、スパイスが利いた辛口の物語が楽しめます。
山桜花 大岡裁き再吟味
辻堂魁
講談社・講談社文庫
2022年9月15日第1刷発行
カバー装画:宇野信哉
カバーデザイン:芦澤泰偉
●目次
序 鳥刺
第一章 問わず語り
第二章 山桜
第三章 銭屋の亭主
第四章 恩讐の彼方
結 成仏
本文346ページ
文庫書き下ろし。
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『落暉に燃ゆる 大岡裁き再吟味』(辻堂魁・講談社文庫)(第1作)
『山桜花 大岡裁き再吟味』(辻堂魁・講談社文庫)(第2作)