『惣目付臨検仕る 抵抗』|上田秀人|光文社文庫
上田秀人さんの書き下ろし時代小説、『惣目付臨検仕る 抵抗』(光文社文庫)を紹介します。
著者が、幕臣水城聡四郎が活躍する「勘定吟味役異聞」シリーズの第1作『破斬』を発表したのが、2005年8月のこと。学問や算勘よりも剣術(一放流)が得意な若者聡四郎が、勘定方の筋である水城家の家督を継ぎ、新井白石によって勘定吟味役に抜擢されたことから始まりました。
「勘定吟味役異聞」シリーズ全8作の後、聡四郎は、八代将軍吉宗から、「女どもを抑えよ」と大奥御広敷用人に登用され(「御広敷用人 大奥記録」シリーズ全12作)、「世間を見てこい」と道中奉行副役に命じられ(「聡四郎巡検譚」シリーズ全6作)、吉宗の期待に応えてきました。そして、最終の「惣目付臨検仕る」シリーズの第1作が本書です。
闇の手に奪われた愛娘を取り戻した道中奉行副役の水城聡四郎。将軍徳川吉宗から職を解かれ、新たな役惣目付を任じられる。聡四郎は、江戸城すべての者を敵に回すことになり、城内の魑魅魍魎が動き出した。一方、将軍吉宗の追いこみに失敗した元御広敷伊賀者組頭の藤川義右衛門は、江戸から逃亡。新たなる奸計を練る……。水城聡四郎“最後のシリーズ”、ついに開幕。
(『惣目付臨検仕る 抵抗』カバー裏面の説明文より)
享保元年(1716)。
道中奉行副役の水城聡四郎は、元御広敷伊賀者組頭の藤川義右衛門によって攫われた愛娘の紬を奪い返し、江戸に戻っていました。
ある日、聡四郎の屋敷に、吉宗がお忍びで御成になりました。
紬の顔を覗きこんだ吉宗が顔を緩めた。
「爺じゃぞ、紬」
吉宗が紬を紅から受け取った。
「……泣かず、躬をじっと見ておるわ。これは、なかなかじゃな。紅、そなたによく似た娘に育つであろう」
(『惣目付臨検仕る 抵抗』P.57より)
吉宗は、自分の養女にして聡四郎に嫁がせた紅とその娘紬に会って、愛しさを募らせるとともに、紅と紬を人質にして将軍のお膝元を騒がせた藤川義右衛門たちを許すことができずに、義右衛門の行方を追って、捕まえて火あぶりの刑に処そうと考えていました。
聡四郎は、吉宗から二日後に江戸城へ登城するように命じられました。
「さて、水城」
もう一度吉宗が雰囲気を厳粛なものへと戻した。
「そなたに偏諱を与える」
「なんとっ」
「それは」
吉宗の一言で黒書院の間が震撼した。
(『惣目付臨検仕る 抵抗』P.101より)
偏諱(へんき)とは、貴人の諱(いみな)の二字を避けて名前に使わないことです。転じて、「偏諱を賜う」の意味で、将軍や大名が、功績のあった臣や元服する者に自分の名の一字を与えることを言います。
吉宗の吉は五代将軍綱吉からもらったものです。通常は与える方の諱の下の文字を、いただく方が上にします。
本人に近いか、大手柄を立てたかしないと与えられないものです。
聡四郎は、吉前(よしさき)と名乗ることになり、道中奉行副役を解かれて、三百石加増のうえ、惣目付を命じられました。
惣目付は幕府初期に柳生但馬守宗矩が務めたことがありますが、それ以来のこと。
旗本を監察する目付でも、大名を監察する大目付でもなく、旗本、大名、大奥に加え、老中までも監察する、将軍直属の役目としました。
江戸城中はもとより、この国のどこであろうとも、それがたとえ目付部屋でも大奥でも御用部屋でも、立ち入ることができる特権を与えました。
権を犯された老中、大目付、目付らが反発をし、聡四郎は江戸城すべての者を敵にしてしまいます……。
「躬は天下を変える。そうせねば、この国は滅びる」という吉宗の強い思い、それを具現するため惣目付をつとめる聡四郎の新たなる戦いが始まりました。
慣例を楯に、自身の地位と権益を守るため抵抗をする幕臣たちとのせめぎ合いに、仇敵の藤川義右衛一味が絡み、物語は風雲急を告げていきます。
読み始めたら止められない、ノンストップ時代小説「惣目付臨検仕る」シリーズは、2022年8月時点で、シリーズ第4巻の『内憂 惣目付臨検仕る(四)』まで刊行されています。
惣目付臨検仕る 抵抗
上田秀人
光文社 光文社文庫
2021年1月20日初版1刷発行
カバーデザイン:田中和枝(Fieldwork)
カバーイラスト:西のぼる
●目次
序
第一章 慣例の壁
第二章 江戸の移ろい
第三章 覚悟の有無
第四章 新たなる敵
第五章 再動する闇
解説 野沢香代
本文318ページ
文庫書き下ろし
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『総力 聡四郎巡検譚(六)』(上田秀人・光文社文庫)
『惣目付臨検仕る 抵抗』(上田秀人・光文社文庫)