『鯖猫長屋ふしぎ草紙(十)』|田牧大和|PHP文芸文庫
田牧大和さんの人気時代小説シリーズの第十弾、『鯖猫長屋ふしぎ草紙(十)』(PHP文芸文庫)を紹介します。
本書は、根津権現近くの根津宮永町にある「鯖猫長屋」を舞台に、美猫のサバとその飼い主で元盗賊の絵師拾楽が、お化けや妖が絡む不思議な騒動を解決する、「大江戸謎解き人情ばなし」シリーズの第十弾です。
「鯖猫長屋」に入居したいという元拝み屋の男を、差配の磯兵衛が追い払った。しつこく食い下がるその男は、今は「呪い札」を書いて怪しげな商売をしているという。一体何を企んでいるのk。訳ありの蘭方医も長屋をうかがうなか、猫描きは、おはまからある頼み事をされる。様子見を決め込むふりをしながら気を尖らせている美猫サバは、その時……。謎解き&人情ばなし第十弾。
(カバー裏の内容紹介より)
「鯖猫長屋」の差配の磯兵衛は、「鯖猫長屋」に入りたいという、怪しげな客の男の申し出を断りました。男は、口寄せにより成仏できずにさまよっている魂を、自分の身体に乗り移らせ、話をさせる元拝み屋で、今は「札書き屋」に商い替えをした佑斎でした。
長屋で立て続けに起こるお化け、妖の騒動にうんざりして、店子が出ていかないよう長屋の平穏を保つことに心を砕いていたのでした。
「おい、猫の先生」
「あのお人、佑斎さんでしたか。たしか、こう言っていましたよね。店子になるのを諦めましょう、と」
磯兵衛が、はっとした顔をした。
拾楽が、苦楽を磯兵衛に向ける。
「他の手を使って、『鯖猫長屋』に絡んでこなきゃ、いいですが」
(『鯖猫長屋ふしぎ草紙(十)P.28より』)
拾楽が磯兵衛と話した翌日の八つ刻、佑斎が「鯖猫長屋」へ、白に銀鼠の交じる、美しい系色の大きな犬を連れてやってきました。
佑斎が売り込みを始めると、物見高い長屋の連中が集まってきました。
長屋のまとめ役のおてるは、「間に合っているよ。札に頼らなくたって、大将のお蔭でこの長屋は安泰だからね」と、佑斎の売り込みをにべもなく切り捨てました。
「はい、サバさんでしたか。こちらの長屋で起きた数々の妖しい騒動を鮮やかに収めた、と。噂通り、只者ではない」
一体誰だ、そんな噂をしたのは。
得意げに胸を張る貫八や、そんなことは当たり前だ、と偉そうな顔のおてるを見ながら、拾楽は痛くなりそうな頭を押さえた。
軽く掌を向けることでおてると貫八を宥め、拾楽は佑斎に言い返した。
「猫ですよ、猫。威張りん坊で、少しばかり他の猫より賢く、大層な変わり者ってだけです。店子の皆さんは頼りにしてくれてますが、大した猫じゃありませんよ。客人にさん付けで呼んで貰えるような奴じゃあない、って、痛いなあ、サバや」
(『鯖猫長屋ふしぎ草紙(十)P.38より』)
一方、拾楽に思いを寄せる長屋の住人であるおはまは、奉公先のお嬢さんに頼まれて、願い事が一つ叶うという、佑斎の「観音様の御札」が欲しいと。
「鯖猫長屋」にこだわる佑斎の狙いは何なのでしょうか?
また、「観音様の御札」は本当に霊験あらたかなのでしょうか?
お楽しみの「鯖猫長屋」シリーズの第10弾は、清廉で闊達な蘭方医として評判の高い杉野英徳、その正体は「鯰の甚右衛門」の二つ名で知られる大盗賊が前作に続いて登場し、物語は先行きが読めない波乱がいっぱい。
美猫のサバとその妹分の子猫さくらに加えて、本書では佑斎が一緒に暮らす天という大きな犬が登場します。
猫好きはもちろん、犬好きにもお勧めしたい時代小説です。
主人公の青井亭拾楽は、猫専門の売れない画描きですが、元ひとり働きの盗賊で、自己韜晦をしながらも、お節介なため、周囲の人からは、その一端を見破られてしまうという、かなりクセの強い役柄で、その言動を見ていると、ドラマ化するなら、俳優の高橋一生さんしかいないと思っています。
鯖猫長屋ふしぎ草紙(十)
田牧大和
PHP研究所 PHP文芸文庫
2022年8月17日第1版第1刷
装丁:泉沢光雄
装画:丹地陽子
●目次
其の一 店子志願
其の二 色恋始末
其の三 憑物落とし
其の四 大手柄
本文317ページ
文庫書き下ろし
■Amazon.co.jp
『鯖猫長屋ふしぎ草紙(十)』(田牧大和・PHP文芸文庫)(第9作)
『鯖猫長屋ふしぎ草紙』(田牧大和・PHP文芸文庫)(第1作)