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黎明期の公認遊郭吉原と、そこに生きる人々を活写した物語

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落花狼藉|朝井まかて|双葉文庫

落花狼藉朝井まかてさんの長編時代小説、『落花狼藉』(双葉文庫)を紹介します。

隆慶一郎さんの『吉原御免状』に登場する吉原は、日本橋の外れ、現在の日本橋人形町あたりにありました。明暦三年(1657)に、浅草寺裏の日本堤に移転するまでを元吉原と呼び、移転後を新吉原と呼んで区別していました。

吉原が登場する、ほとんどの時代小説では、新吉原のほうが描かれています。

本書は、元吉原を創設から、日本一の遊郭になるまでの、公許遊郭吉原の黎明と発展を描いた時代小説です。

戦国の気風が残る江戸時代初期、徳川幕府公認の傾城町・吉原が誕生した。吉原一の大見世「西田屋」女将の花仍(かよ)は、自身の商いは二の次で町のために奔走する夫・甚右衛門を支えながら、見世を切り盛りしていた。幕府からの難題、遊女たちの色恋沙汰、陰で客を奪う歌舞妓の踊子や湯女らに悩まされながらも、やがて町の大事業へと乗り出していく――。時代小説の名手が、江戸随一の遊郭。
(カバー帯の説明文より)

元和三年(1617)、桜のころ。
日本橋の外れにある、傾城町・吉原の西田屋の主・甚右衛門に女房の花仍は、遊女四人と駕籠を連ねて、神社仏閣の参拝と春の野の風景を楽しみました。
ところが、駕籠は歌舞妓の連中に道を塞がれて喧嘩になりました。

京の鴨川の河原を根城にする踊子の集まりが江戸に下ってきて、男装で踊りながら今様を唄い、語り、江戸者の大評判を取りました。
歌舞妓の踊子は、派手に興行を打っては、幕裏で売色をしていて、吉原の遊女に対抗心を持っていました。

「ええい、まだ口を返すか。歌舞妓連中もその口で追っ払えばいいものを、五人も相手にして刀を振り回すとは、開いた口がふさがらないわえ」
「刀じゃないさ。杖。陸尺の杖。それに相手は五人じゃなくて、七人」」

(『落花狼藉』 P.25より)

参詣の帰りに大立ち回りをした花仍は、見世に戻ると、甚右衛門、番頭の清五郎と遣手のトラ婆の前で、説教をされました。

二十三歳の花仍は、四、五歳のころに、甚右衛門に拾われました。骨太な体つきで色が黒く、口をきいたら勝気という性格と甚右衛門の考えで、遊女ではなく、娘分として育てられました。

本書の魅力の一つは、創成期の江戸が年々、広く大きくなっていく様子が生き生きと描かれている点にあります。

 天下を分けた関ヶ原の戦を経て、慶長八年、江戸城の主である徳川家康公が征夷大将軍に任ぜられた。開府した家康公は辺境の土地を開拓させ、城下の町を造成させた。家臣団や譜代大名も次々と屋敷を建て、江戸は年を追うごとに繫華を誇るようになった。普請仕事を目当てに近在の百姓や漁師、無宿者が集まり、商機を見て取った大工の棟梁や左官、材木商も続々と上方から引き移ってくる。
 男が動けば、女も動く。
 甚右衛門は稼ぎに稼いだ。やがて諸方から、遊女を引き連れた同業が江戸に乗り出してきた。京の伏見、六条、大坂の瓢箪町や奈良の木辻からも流れ込んできた。

(『落花狼藉』 P.36より)

なぜ甚右衛門が幕府公認の遊郭を開くことができたのでしょうか?
十三年越しの願い出の末に、ついには吉原を公に町として認められ、町の惣名主の身分を与えられました。

 天下を分けた関ヶ原の戦を経て、慶長八年、江戸城の主である徳川家康公が征夷大将軍に任ぜられた。開府した家康公は辺境の土地を開拓させ、城下の町を造成させた。家臣団や譜代大名も次々と屋敷を建て、江戸は年を追うごとに繫華を誇るようになった。普請仕事を目当てに近在の百姓や漁師、無宿者が集まり、商機を見て取った大工の棟梁や左官、材木商も続々と上方から引き移ってくる。
 男が動けば、女も動く。
 甚右衛門は稼ぎに稼いだ。やがて諸方から、遊女を引き連れた同業が江戸に乗り出してきた。京の伏見、六条、大坂の瓢箪町や奈良の木辻からも流れ込んできた。

(『落花狼藉』 P.36より)

自分の見世の商いは二の次に甚右衛門が、十三年にわたって、幕府に請願し、何度も陳情に上がり、その一方で吉原の町の開発に心血を注いできたことに加えて、江戸の町の拡大、特に男性人口の急増、治安や風紀の悪化など、時代の変遷によるさまざまな要因が影響してのことでした。

江戸町奉行、島田弾正から、江戸唯一の売色御免を許すという、お達しを受け取った甚右衛門。ところが、それには条件が付けられていました。
吉原と幕府との新たな条件闘争の始まりです。

売色御免の幕府公認の吉原の前に、陰で色を売る歌舞妓の踊子や風呂屋の湯女の存在が商売の邪魔をします。

花仍は失敗ばかりですが、吉原の町づくりに奔走する甚右衛門には信頼され、西田屋の中で起こる様々な騒動を通じて、女将として一人の女性として、少しずつ成長していきます。
花の一生のような花仍の生涯を中心に据えながらも、遊女や遣手など吉原に生きる女たちの悲喜こもごもも描出し、華やかで胸に迫る作品となっています。

単行本刊行時にも作品紹介を掲載しています。

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落花狼藉

朝井まかて
双葉社:双葉文庫
2022年8月7日 第1刷発行

装画:黒川雅子「京都 嶋原」
カバーデザイン:岡田ひと實(フィールドワーク)

●目次
一 売色御免
二 吉原町普請
三 木遣り唄
四 星の下
五 湯女
六 香華
七 宿願
八 不夜城

本文404ページ

双葉社より2019年8月に刊行された単行本『落花狼藉』を文庫化にあたり加筆・修正したもの

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『落花狼藉』 (朝井まかて・双葉文庫)
『吉原御免状』 (隆慶一郎・新潮文庫)

朝井まかて|時代小説ガイド
朝井まかて|あさいまかて|時代小説・作家 1959年、大阪府生まれ。甲南女子大学文学部卒業。 2008年、『実さえ花さえ』(のちに『花競べ 向嶋なずな屋繁盛記』と改題)で第3回小説現代長編新人賞奨励賞を受賞してデビュー。 2014年、『恋歌...