『はぐれ鴉』|赤神諒|集英社
赤神諒(あかがみりょう)さんの長編時代小説、『はぐれ鴉』(集英社)を紹介します。
本書は、『大友二階崩れ』から始まる戦国大名大友家を描いた一連の歴史時代小説、「大友サーガ」で知られる著者が、大分県竹田市の文化大使に任命されて、竹田市の全面協力を得て執筆された作品です。
いわば、小説による町おこしの試みです。
寛文六年、竹田藩で凄惨な事件が起きた。
逃げのびたのは、城代の幼い次男・次郎丸ただ一人。次郎丸は、惨殺の下手人であり叔父でもある玉田巧佐衛門に復讐せんと、江戸で剣の腕を磨く。十四年後、名を変え、藩の剣術指南役として因縁の地に戻るが、そこで見たのは、地位や名誉に関心がない変わり者の城代と噂される仇敵の姿だった。
また、竹田小町として評判をとる巧佐衛門の娘・英里に出会い、思いがけず心惹かれていく。恋情と復讐心に引き裂かれながらも、次郎丸は叔父を討つ決意をするのだが……。(本書カバー帯裏の紹介文より)
竹田藩城代、山田嗣之助の一族郎党二十四人が、屋敷で、嗣之助の義弟で親友の剣豪・玉田巧佐衛門によって斬殺されるという凄惨な事件が起きました。
ただ一人逃げのびた、嗣之助の次男次郎丸は、山川才次郎と名を変えて、巧佐衛門への復讐を誓い、小石川牛天神下に剣術道場を構える堀内源左衛門正春に師事し、十七歳で堀内道場の師範代をつとめるほどになりました。
延宝八年(1680)、才次郎は竹田藩家老の三宅宣蔵に藩の剣術指南役として招聘され、十四年ぶりに因縁の地に帰ってきました。
才次郎には身内の汚名を雪ぎ、山田家を再興する使命がある。それでこそ父祖の供養となろう。そのためには藩の中枢へ食い込み、信ずるに足る味方を増やし、着実に力を付けてゆかねばならぬ。最後は仇に素性を明かし、一族鏖殺の理由を糾してから、堂々と決闘で倒すのだ。
(『はぐれ鴉』 P.20より)
並々ならぬ思いで竹田入りした才次郎でしたが、仇敵の巧佐衛門は、城代に留まりながらも、地位も名誉も金も望まず、倹しい家に住み、「はぐれ鴉」と呼ばれていました。
才次郎は、何度か仕事を共にして気を許す仲の、藩内の商人・二代目田能村屋こと、公儀隠密の篤丸とともに、十四年前に起きた城代一族郎党、二十四人の鏖殺の真実を探ることに…。
「どのような男だ?」
「そうですなぁ。因果な商売で、長年いろんな連中と切った張ったをやってきたが、あんな侍は初めてだ。ピンと一本、筋の通った変わり者ですな。はぐれ鴉とは、うまいこと言ったもんでさ」
篤丸は意外にしっかりとした動きで立ち上がった。酔ったふりをしていたのか。
軽く一揖して立ち去ろうとした篤丸は、思い出したように振り返ると、手を口元に添えて、才次郎の耳元へ顔を近づけてきた。
「あっしだって、兄貴分を殺したはぐれ鴉を始末するつもりで、竹田に入ったんだ。でも今じゃ、何だかよく、わかんなくなっちまった」
(『はぐれ鴉』 P.78より)
物語には、十四年前に消息を断った兄貴分隠密の行方と竹田藩の謎を追う篤丸をはじめ、多彩な人物が登場します。
陰でナメクジ様とあだ名される藩政を牛耳る家老の三宅。凸凹三羽烏と剣術を軽視して、稽古に不熱心な藩士たち。竹田小町と評判のはぐれ鴉のひとり娘英里。さらに御器噛り(ごきぶり)と呼ばれる藩の徒目付でナメクジ様の腹心、前浜太治郎と、誰が敵で、誰が味方なのか、十四年前に起こった悲劇の真相とともに大いに気になっていきます。
才次郎は、藩内でさまざまな不可思議を目の当たりにしましたが、十四年前の惨劇をつぶさに知る者は見つけられず、火事があったらしいと伝えられていました。
スリリングな場面の連続、スピード感あふれる展開のエンターテインメント時代小説で、読みだしたら止められない時代ミステリーです。
終盤で鮮やかに謎が解き明かされるとともに、小説による町おこしにつながる、著者の仕掛けた壮大な仕掛けの見事さに驚嘆しました。
豊後国竹田藩(岡藩)は、戦国武将で信長や秀吉に仕え、賤ヶ岳の戦いで戦死した中川瀬兵衛清秀の子、秀成が藩祖で、七万石を領していた外様の中藩。
中川家(物語では仲川家)は、明治の廃藩置県まで、領国を変えることなく存続しました。
竹田藩は、大きな秘密を抱えていたことで、幕府に目を付けられないよう、大きな事件を起こさないように安全運転の藩政を行ってきたのかなあと深読みしてしまいます。
物語の舞台となった竹田の自然と歴史に魅力を感じ、一度は訪れてみたいと強く思うようになりました。
はぐれ鴉
赤神諒
集英社
2022年7月10日第一刷発行
装幀:泉沢光雄
装画:獅子猿
地図:今井秀之
●目次
序章 二十四人斬り
第一章 一ツ眼鳥。呪いの唄とのっぺらぼう
第二章 竹田小町
第三章 湯乃原にて
第四章 荒平の池
第五章 大崩れ
第六章 鐘
終章 旅立ちの海
本文395ページ
初出:「小説すばる」2020年4月号~2021年2月号。単行本化にあたり、加筆修正を行いました。
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『はぐれ鴉』(赤神諒・集英社)