『高く翔べ 快商・紀伊國屋文左衛門』|吉川永青|中央公論新社
吉川永青(よしかわながはる)さんの長編歴史時代小説、『高く翔べ 快商・紀伊國屋文左衛門』(中央公論新社)を紹介します。
著者は、戦国時代小説の名手として知られ、多くの作品を発表しています。
その著者が、江戸の商人、しかも誰もがその名を聞いたことがある、紀文こと紀伊國屋文左衛門を描くというので、新たな一面が楽しめると期待に胸を膨らませて、本書を手にしました。
時は元禄。紀州の農民の子・文吉は、巨大な廻船に憧れたことをきっかけに商人を志す。
許嫁の死をきっかけに、彼は「ひとつの悔いも残さず生きる」ため、身を立てんと江戸で材木商を目指す――。
蜜柑の商いで故郷を救い、莫大な富を得ながらも、一代で店を閉じた謎多き人物、紀伊國屋文左衛門。(本書カバー帯の紹介文より)
延宝三年(1675)、七つになる文吉(後の文平、紀伊國屋文左衛門)は、四つの弟と、有田郡湯浅湊にやってきた大きな船を見物にやってきました。
船は、二年前に拓かれた西廻りの海路で、米を江戸に運ぶためのものであることを、そこで偶然出会った、元鯨獲りの漁師で、今は和歌山の材木屋の筏運びの船頭玄蔵から聞きました。
細かい話はわからないが、東廻りや西廻りの廻船が長い時をかけ、幾多の波を乗り越えて江戸へ行くことだけはわかる。齢七つの幼子にとって、それは夢のような話であった。聞くほどに胸が躍り、文吉の細い目が大きく見開かれてゆく。
「ごっついなあ。せっやけど、そんなん誰が考えたん?」
「聞いて驚くんやねえど。伊勢の人や」
「伊勢て、あの?」
(『高く翔べ 快商・紀伊國屋文左衛門』 P.12より)
文吉は、江戸で材木問屋をしている、伊勢商人の河村屋十右衛門(瑞賢)が西廻り航路を拓いたことを知り、自分もそんな世の中を動かす人になりたいと思いました。
農民の次男で継ぐ田畑を持たない文吉は、齢十一で和歌山城下の材木問屋・西浜屋へ奉公に上がり、十七歳となったその年、手代を任されて名前も文平に変えられました。
「改めて思うたわい。お主は、やはり大物の器ぞ」
「あは! そう言うてもらえると心強いわ」
「のう文平。ひとつ相談じゃ。先に話しておったお汐、お主が嫁に取ってくれぬか」
(『高く翔べ 快商・紀伊國屋文左衛門』 P.27より)
昔なじみの藤竝(ふじなみ)神社の宮司藤竝河内守は、他の者よりも早く、西浜屋の手代となった文平の将来性を高く買い、娘のお汐を嫁にもらってくれないかと。
順風満帆なはずの文平でしたが、ある事件をきっかけに故郷を捨てて、江戸へ出ることになります……。
紀文こと、紀伊國屋文左衛門は、蜜柑船のエピソードで江戸っ子の人気を博し、吉原での桁外れの散財ぶりから紀文大尽と呼ばれることもあり、時代劇や時代小説に登場する、江戸を代表する商人の一人です。
しかしながら、一代で店を閉じてしまった後の晩年の暮らしぶりなど、知られていないことも多くその生涯は謎に包まれています。
本書は、著者が得意とする武将たちをヒーローにした戦国時代小説のように、史実や伝説を巧みに織り込みながら、天才商人紀伊國屋文左衛門の知られざる生涯を活写した痛快な一代記となっています。
そう、紀文って、やっぱり粋でカッコいい漢(おとこ)だったんだなあと、読後に快い余韻に浸れる一冊です。
Amazonで調べたら、著者には、ある武将の末裔で、「鴻池財閥」を築いた商人・鴻池新六の生涯を描いた『天下、なんぼや。』という歴史時代小説もあるので、こちらも読んでみたいと思いました。
高く翔べ 快商・紀伊國屋文左衛門
吉川永青
中央公論新社
2022年5月25日初版発行
装画:山本祥子
装幀:延澤武
●目次
一 身を立てん
二 迷いの代償
三 紀伊國屋
四 奮闘、敢闘
五 次の一歩は
六 濁りの真実
七 華と泥
八 寛永寺
九 潮目
十 大地
十一 別所武兵衛
十二 さくらの道
本文371ページ
書き下ろし
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『高く翔べ 快商・紀伊國屋文左衛門』(吉川永青・中央公論新社)
『天下、なんぼや。』Kindle版(吉川永青・幻冬舎)