『告ぐ雷鳥 上絵師 律の似面絵帖』
知野みさきさんの文庫書き下ろし時代小説、『告ぐ雷鳥 上絵師 律の似面絵帖』(光文社文庫)を紹介します。
本書は、職人の世界をひたむきに生きる一人の女性を描く、人情時代小説「上絵師 律の似面絵帖」シリーズの第8作になります。
反物や染め物の上に絵を描く職人、上絵師(うわえし)をしながら、葉茶屋・青陽堂の跡継ぎの嫁として、若おかみをつとめている主人公の律、お上の御用達で似面絵を描き、事件解決の手助けとなることも少なくありません。
授かった赤子を喪って半月。周囲の労りもあり、律は気落ちをしながらも上絵の仕事に励んでいた。そんなとき舞い込んだ着物の依頼は、「らいの鳥」を描いてほしいというもの。珍しい意匠に悩む律の周辺に、かつてその似面を描いた大泥棒・晃矢の影が見え隠れして――。若おかみとして、職人として、成長していく律の生きざまを濃やかに描く人気シリーズ第八弾!
(『告ぐ雷鳥 上絵師 律の似面絵帖』カバー裏面の説明文より)
流産してから半月ほどが経った、皐月九日。
律は盗人の巾一味の似面絵を描いたことで、一味の卯之介の妹はるに逆恨みされ、結句流産をしてしまいました。
その事件については、前作『しのぶ彼岸花』で描かれています。
「お律さん、実は今日はその……また似面絵を頼めぬかと思ってだな……」
涼太が秘かに眉をひそめた。
が、律はひとときも迷わずに頷いた。
「では、筆を取って参りますね」
「い、いいんですかい?」と、太郎が問い返す。
「ええ、似面絵はこれまで通りお引き受けしようと……そう決めていたんです」(『告ぐ雷鳥 上絵師 律の似面絵帖』P.14より)
似面絵を描いたことを幾度となく悔いた律ですが、悪人を捕まえることが、失われた赤子の供養になる、悪人を野放しにしておけないと、再び、似面絵を引き受けようと数日前に決意していました。
定廻りの広瀬保次郎と火付盗賊改の密偵・太郎に依頼された、大泥棒『夜霧のあき』の家守をしていたという女の似面絵を描きあげました。
そのひと月余り後、律は関口水道町の志摩屋の隠居峰次郎から、仕事の依頼を受けました。
「ご友人への贈り物とお聞きしましたが、どんなお着物にいたしましょう?」
「どんな、というと……?」
「紋印はもちろんのこと、花や草木、鳥、山や川など、なんでもお好みの絵を描きます」
「ああ、なるほど。花や草木に鳥……そうですな。それならええと、『らいの鳥』を描いてもらいましょうか」
「らいの鳥、ですか……」(『告ぐ雷鳥 上絵師 律の似面絵帖』P.129より)
らいの鳥は雷鳥の異名で、律はぼんやりと丸っこい鳥を思い浮かべましたが、確かな姿が思い出せず、思いもかけない注文に内心うろたえました。
二十代半ばの行商人で、背丈や身体つき、顔かたちは並みだという、峰次郎の友人の見目姿を聞き、近日中に下描きを持参することを申し出て志摩屋を出ました。
花や草木を題材に依頼されることが多いなかで、雷鳥という珍しい意匠に戸惑い悩みながらも、律は仕事に打ち込んでいきます。
そんな中で、かつてその似面絵を描いた大泥棒・晃矢の影が見え隠れし、律は事件に巻き込まれていきます。
上絵師の仕事の傍らで、お上の手伝いで似面絵を描く律。
律の筆が人々の縁を紡いでいきます。
流産という人生で大きな出来事を乗り越えて、職人として、また一つ成長していく律の姿に感動を覚えます。
得意の似面絵でお上の探索を助ける律、人の顔を覚えるのが得意で捕物の手伝いをすることもある、律の幼馴染みでその夫涼太。
二人は様々な形で事件に巻き込まれていきます。その顛末を味わうのも本書の愉しみの一つです。
なんだかとても素敵なご夫婦で、羨ましくなります。
告ぐ雷鳥 上絵師 律の似面絵帖
知野みさき
光文社 光文社文庫
2022年5月20日初版1刷発行
文庫書き下ろし
カバーイラスト:チユキクレア
カバーデザイン:荻窪裕司
●目次
第一章 にわか御用聞き
第二章 鬼子母神
第三章 告ぐ雷鳥
第四章 約束
本文341ページ
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『落ちぬ椿 上絵師 律の似面絵帖』(知野みさき・光文社文庫)(第1作)
『しのぶ彼岸花 上絵師 律の似面絵帖』(知野みさき・光文社文庫)(第7作)
『告ぐ雷鳥 上絵師 律の似面絵帖』(知野みさき・光文社文庫)(第8作)