『後宮の薬師(二) 平安なぞとき診療日記』|小田菜摘|PHP文芸文庫
小田菜摘(おだなつみ)さんの文庫書き下ろし平安時代小説、『後宮の薬師(二) 平安なぞとき診療日記』(PHP文芸文庫)を紹介します。
博多で生まれ育った異相の女医(薬師)、安瑞蓮(あんすいれん)が、京の都で難病や女性ならではの病に悩む後宮の女たちを、当時の最先端の唐の医療知識を駆使して治癒していく、平安医療ミステリーの第二弾です。
博多の唐坊で、胡人の父から医術を学んだ娘・瑞蓮が京の都へ来て一ヶ月。女医(薬師)として、後宮の姫たちから信頼を得た瑞蓮は、難病や女性ならではの病、悩みに応えるべく奔走する。姫や女房たちの関心は、誰が次期東宮の子を産むのかたおいうこと。そんななか、帥の宮の妃から不妊の相談を受けた瑞蓮、そいて共に働く若き医官・樹雨は……。後宮を舞台にした平安お仕事ミステリー第二弾。
(本書カバーの紹介文より)
天慶七年(944)弥生。
今上帝をはじめ、朝廷に仕える者たちが、菅公(菅原道真)の怨霊を恐れ、怨霊を慰撫するための社を作ることを検討していた時代。
瑞蓮は、典薬院の新人医官・和気樹雨とともに、市井において貧しい者たちを治療の対象とする施薬院を訪ねました。
施薬院につとめる丹波医官に、今上の皇子、四歳で身体に不自由のある朱宮の床擦れと蕁麻疹の治療について、良い療法がないか、話を聞き施術に来てもらうためでした。
短い間のやり取りで丹波医官の誠実な人柄に触れ、瑞蓮は生まれつき手足が不自由な朱宮の現状を正直に伝えました。
「いずれにしろ、病が重篤であればあるほど病因は多岐にわたる。ひとつの治療にばかり囚われぬほうがよいし、効果がないからといって、むやみやたらと手段を変えることも感心せむ」
そこでいったん言葉を切ると、丹波医官は瑞蓮と樹雨を交互に見やる。そのうで諭すように告げた。
「効果が疑わしきときは、まずは証立てをもう一度試みること。正しい診断こそが医術の基本であることを、ゆめゆめ忘れられるな」(『後宮の薬師(二) 平安なぞとき診療日記』 P.49より)
丹波医官は、御所の方々の治療は典薬院の役割と言い、一旦は断りながらも、助言をくれました。
そののち、瑞蓮は丹波医官にある申し出をしました……。
ある日、瑞蓮は内侍司の筆頭であり、後宮を仕切る大典侍からの依頼で、九条邸の姫君の診察をすることとなりました。関白の孫娘で、大納言の娘です。
十八歳の大姫は、結婚して四年になるのに子ができないと悩んでいました。夫は東宮に内定したばかりの帥の宮(そちのみや)です。
帥の宮は多情で、他にも通う女人を幾人も持っていて、大姫も心が休まることがないと言います。
「仕方がない。私には子ができぬゆえ」
自虐交じりの言葉が、挽き臼のように瑞蓮の胸をしめつけた。
子ができぬ――何十人もの女人から聞かされてきた訴えなのに、耳にするたびに腹立たしくやるせなくなる。(『後宮の薬師(二) 平安なぞとき診療日記』 P.106より)
本書の面白さの一つが、瑞蓮がとくに婦人の病の治療に長けた名医として設定されていること。
現代にも通じる婦人病の症状は、平安時代にもあり後宮の女たちを悩ませていました。
そういった病をもつ患者に対して、瑞蓮はいかなる治療を施し、快癒に導くかがテーマとなっていて、読者の興味も高くなっています。
女性のファンが多い平安時代小説において、著者のこの視座は大きな強みになっています。
丹波医官は、名前を康頼といい、後に『医心方』という日本最古の医学書を描いたことで知られ、その後裔からは多くの医者を輩出し、医家の名門となっています。
本書で、丹波康頼が登場する時代小説を初めて読みました。
物語は一話完結の連作形式で綴られていきながらも、それぞれの話に伏線が散りばめられ、「結」までにそれらは見事に回収されていきます。
その構成が素晴らしく、読み終えた後、爽快さが残りました。
後宮で起こる事件に、樹雨や丹波康頼の助けを借りながら、瑞蓮が当時の先端の医療に関する知識を駆使して解決していくミステリー小説となっています。
ますますこのシリーズの虜になっていきました。
後宮の薬師(二) 平安なぞとき診療日記
小田菜摘
PHP研究所・PHP文芸文庫
2022年6月22日第1版第1刷
装丁:こやまたかこ
装画:アオジマイコ
●目次
序 怨霊の蠢く都
第一話 驥尾に付す
第二話 正しい怒りのしずめ方
第三話 本院大臣の姫の話
第四話 延喜の帝の息子たち
第五話 傍目八目
結 本日は立坊の儀也
本文282ページ
文庫書き下ろし。
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『後宮の薬師 平安なぞとき診療日記』(小田菜摘・PHP文芸文庫)
『後宮の薬師(二) 平安なぞとき診療日記』(小田菜摘・PHP文芸文庫)