『うつけ屋敷の旗本大家』|井原忠政|幻冬舎時代小説文庫
井原忠政さんの文庫書き下ろし時代小説、『うつけ屋敷の旗本大家』(幻冬舎時代小説文庫)を紹介します。
著者は、徳川家康配下の雑兵の戦国サクセスストーリー「三河雑兵心得」シリーズで、『この時代小説すごい! 2022年版』で、文庫書き下ろし部門の第1位を獲得しました。
注目の新シリーズは、堅物の若き旗本当主の小太郎と、酒・金・女に目がない隠居の官兵衛の親子バディが繰り広げる、痛快ユーモア時代エンターテインメントです。
大矢家当主・小太郎は、堅物の朴念仁。甲府から五年ぶりに江戸へ帰ると、博打で借金を作った父・官兵衛が、返済のために邸内で貸家を始めていた! しかも住人は、借家で賭場を開くゴロツキや、倒幕思想を持つ国学者など曲者揃い。そんな時、老中から条件付きで、小太郎の出世をやくそくしてもらうのだが――。常識破りの親子バディシリーズ始動!
(『うつけ屋敷の旗本大家』カバー裏の紹介文より)
時代は江戸後期。
大矢小太郎は、堅物で文武両道に優れた若き旗本当主。
日ごろの素行不良を咎められて甲府勤番か改易を迫られた父に代わり、家を継いで甲府勤番に就き、五年ぶりに江戸へ帰ってきました。
ところが、自宅の邸内には、貸家六棟も建てられていて、ゴロツキの相模屋一味が門番をつとめたり、借家で賭場を開いたりしていました。
博打で大きな借金を抱えた官兵衛が拝領された屋敷で始めた大家(おおや)稼業です。
他の店子たちも、喧嘩ばかりしている歌舞伎役者中村円之助と美人画絵師歌川偕楽、倒幕思想を持つ国学者堀田敷島斎や犬猫の死体解剖が趣味の蘭方医長谷川洪庵、清楚で可憐な老中の妾佳乃と、ひと癖もふた癖もある者ばかり。
「うるせェ馬鹿! 声がでけェ! 家壊したら殴り殺すぞ!」
辛抱堪らず、官兵衛が庭に向かって吠えた。物音と振動はピタリと止んだ。
「ふん、どうだい、一発だろ」
官兵衛が自慢げに、小太郎を見た。
父の貸家経営の一端を垣間見る思いがした。父子はしばらく睨み合っていたが、やがてどちらからともなく噴き出した。
(『うつけ屋敷の旗本大家』 P.47より)
江戸帰参が叶った小太郎は、父の昔の剣友である老中松平豊後守に江戸城本丸御殿への出仕を願い出ました。
「御書院番士に推挙するには、一つ条件がある」
「条件?」
豊後守は小太郎に頷き、次に官兵衛に向き直った。
「あの博徒どもをなんとか致せ」
「博徒って……相模屋か?」
「御書院番士は、上様のお傍近くにお仕えする要職じゃ。その拝領屋敷にゴロツキが巣くっておる。しかも、月三度、屋敷内で開帳しておるではないか」
(『うつけ屋敷の旗本大家』 P.69より)
小太郎と官兵衛に課せられた出世の条件とは、ゴロツキの相模屋一味を一掃することですが……。
知恵があって剣術も得意、でも女には全くもてない生真面目な小太郎。
それに対して、官兵衛は悪ガキがそのまま大人になったところがあって憎めません。普段は思想がおおざっぱで、万事抜けていますが、酒と博打と女が絡むと、なぜか悪知恵が働き、機敏に動きます。
しかも、なぜか女を引き付ける艶福家でもあります。
生真面目な息子と遊び人の父、性格も対照的な親子の造形は、勝海舟とその父、小吉を連想させます。
「大家と言えば親も同然」
父の仕出かしたことに腹を立てたり、呆れたりしながらも、親子でバディとなって大家として、ゴロツキ一味に立ち向かったり、弱味を握られた店子たちを助けたりと。
官兵衛のハチャメチャぶりと癖の強い店子たちとのやり取りが楽しく、小太郎にも意外な秘密があって……。
読みだしたら止められない痛快無比な時代小説シリーズの始まりです。
うつけ屋敷の旗本大家
井原忠政
幻冬舎 幻冬舎時代小説文庫
2022年6月10日初版発行
カバーデザイン:五十嵐徹(芦澤泰偉事務所)
カバーイラスト:おおさわゆう
●目次
序章 おくり狼
第一章 家主の帰還
第二章 店子たち
第三章 刺客
第四章 反撃の家主
終章 困窮の真相
本文270ページ
文庫書き下ろし
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『うつけ屋敷の旗本大家』(井原忠政・幻冬舎時代小説文庫)
『三河雑兵心得 足軽仁義』(井原忠政・双葉文庫)
『この時代小説がすごい! 2022年版』(『この時代小説がすごい!』編集部編集・宝島社)