『余烈』|小栗さくら|講談社
小栗さくらさんの歴史時代小説集、『余烈(よれつ)』(講談社)を紹介します。
若き日の北条政子を瑞々しい筆致で描いた短編「一樹の蔭」(『読んで旅する鎌倉時代』)を読んで以来、とても気になっていた著者の初の時代小説集です。
中村半次郎(桐野利秋)、小栗忠順、武市半平太、土方歳三といった、幕末の一瞬に光を放った人物たちを描いた短編4編を収録しています。
歴史を題材にした楽曲制作や歌手活動、大河ドラマ公式イベント等でのMC、関ケ原観光大使など、日本史を中心に幅広く活動を続ける著者が、とくに思い入れのある幕末の中でも愛してやまない四人の人物たちを描く本格幕末小説集。
(『余烈』カバー帯の紹介文より)
「波紋」
慶応三年(1867)、目まぐるしく変わる情勢の中。薩摩藩内部では、武力倒幕派と、幕府と薩摩藩の協調して政を変えていく「幕薩一和」派が争っていました。
監察の中村半次郎が属する武力倒幕派にとっての脅威は、藩内で「幕薩一和」を唱える、軍学者赤松小三郎の存在でした。
半次郎は、小三郎を斬ることを自身のお役目と心に決めていましたが……。
小三郎から兵法や異国のことを学んでいた半次郎は、師への恩義の間で大きく揺れます。苛烈な役目をめぐり揺れる心情を鮮やかに描いています。
「恭順」
主戦派・恭順派が対立する、江戸城の評定の場で、抗戦を主張した小栗忠順。徳川慶喜は「恭順じゃ、戦わぬ」と言って話し合いの場から退出してしまいました。
新政府への恭順により、忠順は、江戸を離れて知行地の上州権田へ、養子の又一(忠道)ら家族や家臣ら総勢四十人で移り住むことに。
「これは……」
「鉄でできた螺子だ。日ノ本のものではない。異国、亜米利加製のものだ」
「異国の螺子」
忠順は大きく頷く。
(『余烈』 P.47より)
幕府の使節を率いて地球を一周をし、横須賀製鉄所の建造に心血を注いだ忠順。
その象徴として作中で効果的に使われるのが、この螺子でした。
「誓約」
攘夷の風が吹き荒れる中で、土佐の藩論を開国へと推し進めていた吉田東洋。
その東洋を暗殺したのが、武市半平太が率いる土佐勤王党の三人で、半平太は土佐藩を挙藩勤王に導き、敬愛する老公山内容堂から留守居組に抜擢されました。
半平太には常にライバルがいました。
「武市さん、勝負しよう。どちらが先に日ノ本を変えられるか、競い合いじゃ」と言って、脱藩して土佐を飛び出した坂本龍馬です。
「碧海」
宇都宮の戦いで足を負傷し、会津の天寧温泉(東山温泉)で療養している土方歳三。
そのかたわらに付き添うのは、新選組隊士の立川主税。筑前福岡の海の近くで生まれ、長崎御番(長崎の警備)をつとめたこともありました。
「お前の言葉は、まるきり近藤さんが言っていたのと同じだからだよ」
「え」
土方は主税の目の奥を見定めるようにして黙り、それから一転し、顔を崩し笑った。
「お前は筑前の生まれなのに、多摩者みてえだな」
(『余烈』 P.222より)
タイトルの「余烈」とは、辞書によると、先人が残した功績や、後世になっても変わることのない威光のことだそうです。
本書で取り上げた男たちは皆、人生の半ばで命を落としていますが、彼らが生きた軌跡は歴史に深く刻み込まれています。命を賭して遺したものを鮮やかに描き出しています。
いずれの短編も筆者の歴史への深い愛と造詣がベースになり、幕末という特別な時代が確かに感じられ読み応え十分です。
かつ物語の場面が視覚的に目の前に広がり、読みやすく感じられました。
次は、長編小説を読んでみたくなりました。
余烈
小栗さくら
講談社
2022年4月25日第1刷発行
装画:ヤマモトマサアキ
装幀:小川恵子(瀬戸内デザイン)
●目次
波紋
恭順
誓約
碧海
本文260ページ
初出:
「波紋」小説現代2020年4月号
「恭順」小説現代2020年11月号
「誓約」小説現代2021年11月号
「碧海」小説現代2018年10月号(「歳三が見た海」を改題)
■Amazon.co.jp
『余烈』(小栗さくら・講談社)
『読んで旅する鎌倉時代』(高田崇史・赤神諒、阿部暁子、天野純希、小栗さくら 、近衛龍春、鈴木英治、砂原浩太朗、武内涼、鳴神響一、 松下隆一、矢野隆、吉森大祐・講談社文庫)