『女人入眼』|永井紗耶子|中央公論新社
永井紗耶子(ながいさやこ)さんの長編歴史時代小説、『女人入眼(にょにんじゅげん)』(中央公論新社)を紹介します。
2010年、時代ミステリー『絡繰り心中 部屋住み遠山金四郎』で第11回小学館文庫小説賞を受賞し、小説家デビュー。
2020年、『商う狼 江戸商人 杉本茂十郎』で、第10回本屋が選ぶ時代小説大賞、第三回細谷正充賞、2021年、第40回新田次郎文学賞を、次々に受賞した作家です。
今回は、NHK大河ドラマで注目を集める「鎌倉殿の13人」の時代を描きます。
源頼朝と北条政子の長女として生まれた大姫(おおひめ)の薄幸の生涯に光を当てています。
建久6(1195)年。京の六条殿に仕える女房・周子は、宮中掌握の一手として、源頼朝と北条政子の娘・大姫を入内(じゅだい)させるという命を受けて鎌倉へ入る。気鬱の病を抱え、繊細な心を持つ大姫と、大きな野望を抱き、目的のためには手段を選ばない政子。二人のことを探る周子が辿り着いた、母子の間に横たわる悲しき過去とは――。
(本書カバー裏の紹介文より)
建久六年三月、京の六条殿に仕える女房・周子は、亡き後白河院の皇女・宣陽門院とその母の丹後局の名代として、東大寺落慶法要に参列していました。
そこで、鎌倉から来た御台所北条政子と大姫を見かけました。
法要が終わると、周子は鎌倉幕府の文官の長である政所別当大江広元に呼び出されました。広元は、周子の父でしたが、後白河院に仕えていた女房の一人であった母との縁を途絶え、周子が幼い頃に、源氏の棟梁、頼朝の元へ下っていました。
周子は、父・広元から頼朝と政子を紹介されます。
「仏は眼が入らねばただの木偶でございます。眼が入って初めて仏となるのです。男たちが戦で彫り上げた国の形に、玉眼を入れるのは、女人であろうと私は思うのですよ。言うなれば、女人入眼でございます」
政子は、まあ、と感嘆の声を上げる。
「女人が国造りの仕上げをするのでございますか」
(『女人入眼』 P.17より)
後鳥羽帝の命で東大寺落慶法要を執り行った天台座主の慈円は、太古よりこの国では女帝によって国が形作られてきたと言い、泰平の世を造るのは女人であろうと語りました。
慈円は、鎌倉時代初期の歴史書『愚管抄』の著者としても名高いです。
後日、六条殿に、源頼朝と政子、嫡子頼家、大姫の鎌倉の一行が参って、主の丹後局と話をしました。
頼朝と政子は、気鬱を抱えて病弱な大姫の入内を望んでいました。
九月、後白河院亡き後も摂関家に対抗して後宮で実権を握る丹後局から、周子は鎌倉に下ることを命じられました。
気鬱の病を患っている大姫を后がねに育て上げ、都に連れてくる役目とともに、後白河院から下された扇を託します。
物語は、父譲りの才媛で、鎌倉にやってきた周子を主人公に展開していきます。
大姫は、七つのとき、許婚だった木曽義仲の嫡男義高を亡くしたことが気鬱の原因と言われていました。
本書では、義高の縁者で、弓の名手、海野幸氏が重要な役割を持って登場します。
京とは何もかも違う武士の都・鎌倉の地で、周子は、厚い殻に閉じこもり、なかなか心を開かない大姫に、一月余り経ってもまともに話をすることすら叶いません……。
大姫と政子の微妙な関係が次第に浮き彫りになっていきます。
はじめは薄幸な印象だけがあった大姫が、やがて血の通った一人の女人として描き出されています。
一方、政子は、情のままに周りを巻き込み、時に人を殺めることする躊躇わぬ、それでいて鎌倉の政の中枢で力を持ち続ける、恐ろしい方として描かれています。
鎌倉幕府最大の失策と呼ばれる、大姫入内の背後に何があったのかを解き明かし、物語性豊かに紡いだ本書で、鎌倉がますます魅力的な時代になりました。
女人入眼
永井紗耶子
中央公論新社
2022年4月10日初版発行
装画:三田尚弘「色許 獅子を統べる者」
装幀:bookwall
●目次
序
一 都の風
二 波の音
三 露の跡
四 花の香
五 海の底
終
本文307ページ
書き下ろし
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『女人入眼』(永井紗耶子・中央公論新社)
『絡繰り心中 部屋住み遠山金四郎』(永井紗耶子・小学館文庫)
『商う狼 江戸商人 杉本茂十郎』(永井紗耶子・新潮社)