『うかれ堂騒動記 恋のかわら版』|吉森大祐|小学館文庫
吉森大祐(よしもりだいすけ)さんの文庫書き下ろし時代小説、『うかれ堂騒動記 恋のかわら版』を紹介します。
本書は、『幕末ダウンタウン』で第12回小説現代長編新人賞を、『ぴりりと可楽!』で第三回細谷正充賞を受賞し、気鋭の時代作家として注目される著者の初めての文庫書き下ろし時代小説。一話完結の連作形式です。
お転婆娘の一穂は事情あって、かわら版屋うかれ堂を営む市右衛門と一緒に働いている。今日も今日とて、町奉行所の同心で幼馴染の吉田と鉢合わせた。その吉田が手にしているのは旨そうな土用の丑にかこつけ、江戸前と偽って仕入れたウナギで荒稼ぎしている不届きな店が増えているらしい。そこで奉行所は押収した各店のウナギを食べ比べて、江戸前か否かを判じることにしたという。ウナギを食べたい一心の一穂が判じ役を買って出たのはいいものの、長屋の仲間まで巻き込んでの大騒動になってしまい……。捧腹絶倒、落涙必至の時代小説!
(本書カバー裏の内容紹介より)
一穂(いちほ)は十七。
黒目がちの目がくりくりと大きく、小ぶりの鼻の下に整った唇があり、黙っていれば整った顔立ちなのに、乱暴な口を利くから台無しです。顔が小さく、手足は長く、まるで少年のような雰囲気で色気がありません。
日本橋佐内町の浮かれ長屋のかわら版屋〈浮かれ堂〉の主人で叔父にあたる市右衛門に引き取られ、家業のかわら版屋を手伝っています。
一穂はとんでもないお転婆で、市谷にあった家を追い出され、市右衛門のところに放り込まれました。
「なんで、姪だと思ってこき使いやがって。あたしに男ができないのは、おじさんのせいだ」
「うるせい、てめえの胸に手を当てて聞いてみろ。おまえが言い寄られるタマか。黙っていりゃァ、多少は見られるンだから、少しはしおらしくしやがれ、この野郎」
「言ったな、このヒヒオヤジ。この佐内小町を捕まえて」
「小町だと、笑わせらあ――お転婆がすぎて、フラれてばっかりいるじゃァねえか」
「なんだと、いつあたしがフラれた」(『うかれ堂騒動記 恋のかわら版』P.7より)
その日も飯を食いながら、市右衛門と喧嘩を始めました。
一穂は手元にあった硯をびゅんと投げると、市右衛門がよけた硯はそのまま障子を破って表の路地へ飛んでいきました。
そして、北町奉行所の同心吉田主計勝重に当たり、吉田は額を押さえて「うううう」と唸って倒れていました。
吉田は奉行所が扱っている事件の情報を市右衛門のよみうりのために漏らしてくれていました。そのかわり浮かれ堂は、町方で見聞きした裏表を報告し、時には探索を行っていました。
「そのとき、拙者の新任の上役で、与力の水野左衛門様を紹介した」
「はい。確か、遠国奉行付きであったものが、小田切様のお召しで江戸に戻られたかただと伺いました――」
(『うかれ堂騒動記 恋のかわら版』P.12より)
小太りで見栄えのしない中年男の水野が、一穂に一目惚れして、話をしてみたいと言い、谷中〈首ふり坂〉の割烹で見合いをすることに……。
ところが、それはとんでもない騒動の始まりでした。
作品に描かれている時代は、小田切土佐守が北町奉行を、長谷川平蔵が火盗改メを務めていた頃。
松平定寅が「去年火盗になったばかりの加役」とあるので、寛政二年(1790)でしょうか。
綺麗な顔のいい男が好きで、「カワイイ」という言葉に弱い一穂。だが、すぐに調子に乗ってしまう、元気娘の一穂が縦横無尽に躍動するドタバタ劇が繰り広げられていきます。
良質な落語のように笑わせながら、時折ホロリとさせます。事件もドタバタしているうちに、いつの間にか解決してしまう、肩の凝らない、新感覚の人情時代小説の始まりです。
一穂の次なる活躍が楽しみになってきました。
うかれ堂騒動記 恋のかわら版
吉森大祐
小学館 小学館文庫
2022年5月11日 初版第一刷発行
カバーイラスト:天野勢津子
カバーデザイン:鈴木俊文(ムシカゴグラフィクス)
目次
美人はつらいよ
奉行のオゴリでウナギを食おう
銭湯ははるかなり
火盗改メ色男騒動
一穂の花嫁修業
本文304ページ
文庫書き下ろし。
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『うかれ堂騒動記 恋のかわら版』(吉森大祐・小学館文庫)
『幕末ダウンタウン』(吉森大祐・講談社)
『ぴりりと可楽!』(吉森大祐・講談社)