『すみれ飴 花暦 居酒屋ぜんや』|坂井希久子|時代小説文庫
坂井希久子(さかいきくこ)さんの時代小説、『すみれ飴 花暦 居酒屋ぜんや』を紹介します。
居酒屋を営むお妙と夫婦になりために、旗本の家を出て町人になった只次郎。
九つの秋に、その二人に引き取られて暮らすようになったお花。
「居酒屋ぜんや」シリーズの第二シーズンは、三人になった居酒屋を舞台に物語が展開します。
「それは、そのうちね」お妙がにっこり笑う。お花が「料理を教えて」というと、お妙はきまってそう有耶無耶にしてしまうのだ。養い子のお花は、引き取ってくれた只次郎とお妙の役に立ちたいだけなのに――。一方、かつてお妙と只次郎の世話になった薬問屋「俵屋」の小僧・熊吉は十八歳になり、手代へと昇進していた。出世頭には違いないが、小僧とは距離ができ、年嵩には疎まれ、心労が半端ない……。蕗の薹の辛子和え、タラの芽の天麩羅、ホクホク枸杞飯、そしてふわふわの鰻づくし! 彩り豊かな料理と共に、若い二人の成長を瑞々しく描く傑作人情時代小説、新装開店です!
(本書カバー裏の内容紹介より)
寛政十一年(一七九九年)、如月。
実の母お槇に捨てられたお花は、十四になっています。
なにも言わずにある日突然姿をくらましたお槇を、火の気のないあばら家で三日間待ち続けたお花。それに気づいたお妙と只次郎が手を差し伸べ、正式にその養い子となったのが三年前。もしかしたらお槇が戻ってくるかもしれないと、二年のうち様子見をした後です。
子どもから少女に変わっていくお花は、二人の役に立ちたくて、只次郎の店『春告堂』で飼い鶯の世話を手伝い、それが終わると「ぜんや」の仕込みを手伝いました。
その日、料理を教えてもらいたくて、お妙に魚を捌くのも、やってみたいと告げてみました。
「お花ちゃんは本当に料理が好きで、覚えたいと思ってる?」
「えっ?」
思いがけないことを聞かれた。お妙がいつになく真剣な眼差しでこちらを見ている。お花には、問われた意味がよく分からなかった。(『すみれ飴 花暦 居酒屋ぜんや』P.21より)
今回のシリーズでは、お花と薬問屋「俵屋」の若き手代熊吉が主人公となり、物語が進みます。
かつてお妙に助けられ、密かな恋心を抱いていた小僧の熊吉は十八になり、出世頭で手代に昇進していました。
手代になれば、給金が出る代わりに、任される仕事も増えます。
同期の小僧からは目上の扱いを受ける一方で、先輩の手代からは妬まれ意地悪をされることも少なくありません。人間関係による心労が半端ではありません。
新しい薬の売り出し考える俵屋の商い指南をしている只次郎は、他の薬屋の商いの様子を見るために、熊吉にその案内をさせます。
二人が最初に訪れた池之端の『勧学屋』で、万病に効くといわれた薬『錦袋圓』を売る様子が紹介されています。
『江戸名所図会』の挿絵「錦袋圓」を見ると、当時の雰囲気がよくわかります。
お妙の手が、両の頬を優しく包む。打たれても泣かない自信はあるのに、こうされると切なくなるのなぜなのだろう。
「あのね、若いお花ちゃんにはできるだけ、好きなものをたくさん見つけてもらいたいの。それがあなたのゆく道を、照らしてくれるかもしれないから」
(『すみれ飴 花暦 居酒屋ぜんや』P.212より)
お槇から「愚図、のろま、役立たず」と罵られながら育ったお花、何かを手伝っても失敗ばかり。二人の役に立ちたいと空回りするお花の思いと不器用な生き方が瑞々しい筆致で描かれていて、胸がキュンとします。
そんなお花に優しく接するお妙と只次郎も好ましい、じんわりと心を温めていく人情時代小説の幕が開きました。
すみれ飴 花暦 居酒屋ぜんや
坂井希久子
角川春樹事務所 時代小説文庫
2021年10月18日 第一刷発行
装画:Minoru
装幀:藤田知子
目次
菫の香
酒の薬
枸杞の葉
烏柄杓
夏土用
本文232ページ
初出:「菫の香」「酒の薬」「枸杞の葉」「烏柄杓」はランティエ2021年6月~2021年9月号に掲載された作品に、修正を加えたもの。
「夏土用」は書き下ろし。
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『すみれ飴 花暦 居酒屋ぜんや』(坂井希久子・時代小説文庫)