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観世流の天才能楽師と訳ありの弟子が怪事件に挑む室町ロマン

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『鬼女の顔』|蓮生あまね|双葉文庫

鬼女の顔蓮生あまね(はすおあまね)さんの歴史時代小説、『鬼女の顔』(双葉文庫)を紹介します。。

著者は、2014年「鬼女の顔」で第36回小説推理新人賞を受賞し、2019年に受賞作を含む中、短編3編をまとめた単行本『去(い)にし時よりの訪人(とぶらいびと)』を上梓しデビューしました。

能面打ち師が拾ってきた顔に傷がある女。その女の素性を調べていくと、京の都に巣くう「鬼」の姿が浮かび上がる(「鬼女の顔」)。都で名高い桜の木を愛でる老貴族を襲った厄災。その背後には南朝の残党が……(「桜供養」)。京の街で土倉(高利貸し)が襲われる事件が続発する。都を騒がす事件の真相とは!?(「去にし時よりの訪人」)。応仁の乱前夜の京の都で観世座の若き能楽師と訳ありの弟子が人々の心に棲む鬼が巻き起こした難事件に立ち向かう、第36回小説推理新人賞受賞作家、圧巻のデビュー連作集。

(本書カバー裏の紹介文より)

時代は、応仁の乱前の寛正四年(1463)長月ごろでしょうか。
能面打ちの般若は、京の申楽座の観世座から依頼された仕事のため、五条界隈の細い路地裏の裏店に仮住まいしていました。

その日の朝早く、写生に出かけたときに、生きたまま野辺送りにされている女を拾ってきました。女は十五、六で容貌は悪くなかったが、右頬にある大きな火傷痕のせいで棄てられたのか……。

 誰の手かはわからないが、よくできている。
 しかし、これは鬼女ではない。鎌首をもたげ、迷うことなく獲物に飛びかかる蛇の顔だ。
 ――では、鬼女とはなにか。どういう性格をもち、どんな表情を見せるのか。
 半年のあいだくりかえた問いを余人にむければ、なんという答えが返るだろう。
 
(『鬼女の顔』「鬼女の顔」 P.21より)

新作で舞台にかける鬼女の面を依頼されていましたが、鬼女という要望のみですべてを任せられたことから、あれこれ試行錯誤をくりかえしながらも、いたずらに時がかかるばかりで、思うような面を打つことができずにいました。

京の都に出没した鬼女をめぐる怪事件に、大鼓の名手で、劇作もする、若き能楽師の観世小次郎信光と、その弟子で訳ありの男・那智が挑んでいきます。

第二話の「桜供養」では、観世太夫の末弟、小次郎が通いで謡の指南を引き受けている公家の今小路家にある、都で名高い糸桜をめぐり、公家の孫娘清子がかどわかされる事件が起こります。

桜の名木をめぐる物語で、小次郎と那智のほか、八代将軍足利義政に重用された庭師善阿弥の孫・又四郎が登場します。

短編の「鬼女の顔」と「桜供養」は、中編の「去にし時よりの訪人」のための壮大な伏線となっています。

辻斬りで三人が殺される事件が起きた時、近くの傾城屋にいて鮮血の染みた直垂を発見した那智に、殺しの疑いが掛けられて、目付に捕らえられました。

同じころ、土倉の池野屋が賊に襲われ、商用で出かけていた婿を除いて、主人をはじめ家族と奉公人がすべて殺され、倉が破られ甕に入れて保管していた銅銭がことごとく盗まれました。

二つの事件の真相を追う小次郎らの前で、南朝にかかわる秘事が……。
複雑に絡み合った事柄が次第に解き明かされ、綿密に張られた伏線が回収されていくのが心地よく、スケールが大きなミステリーになっていきました。

本書の魅力の一つは、室町時代が細部まで活写されている点にもあります。

実在の人物である、小次郎や又四郎のほか、若き日の伊勢新九郎盛時(北条早雲)が登場したり、能楽や作庭の世界が織り込まれていたりするほか、土倉と徳政一揆の関係まで描かれていました。

 天皇や将軍が代替わりするたび、借金帳消しを求めて大きくつきあげる徳政のうねりは、新しい見世のはじまりにあわせて全てが白紙に戻るという通念の上で、爆ぜる火花だ。

(中略)

 前回の大規模な徳政で、幕府は両天秤をかけた、借り手には借金の元金一割相当を幕府に支払えば債務を破棄して質草を返してやると言い、土倉には同様に五割をおさめれば債権を保護してやると言った。双方の不満をなだめつつ臨時の税収を狙ったのだが、窓口には申請者が殺到し、受付業務は崩壊した。
 
(『鬼女の顔』「去にし時よりの訪人」 P.231より)

唯一生き残った一人・土倉の婿は、これを参考にし、元金の一割と引き換えに質草を返却する前代未聞のことを試みたのでした。

室町時代という歴史時代小説においては、あまり手垢のつかない時代を取り上げて、戦乱や政治ではなく文化や社会に視点を置いて描いた、歴史ミステリー小説を堪能しました。
次の作品も期待しています。

鬼女の顔

蓮生あまね
双葉社 双葉文庫
2022年4月17日第1刷発行

カバーデザイン:bookwall
カバーイラスト:安楽岡美穂

●目次
鬼女の顔
桜供養
去にし時よりの訪人

本文349ページ

単行本『去にし時よりの訪人』(双葉社、2019年4月刊)を改題し、加筆・修正のうえ文庫化したもの

■Amazon.co.jp
『鬼女の顔』(蓮生あまね・双葉文庫)

蓮生あまね|時代小説ガイド
蓮生あまね|はすおあまね|時代小説・作家1980年、福島県生まれ。北陸大学法学部卒業。2014年、「鬼女の顔」で第36回小説推理新人賞を受賞。2019年、「鬼女の顔」を含む、単行本『去にし時よりの訪人』でデビュー。時代小説SHOW 投稿記事...