『おとめ長屋 女やもめに花が咲く』|鷹井伶|角川文庫
鷹井伶(たかいれい)さんの文庫書き下ろし時代小説、『おとめ長屋 女やもめに花が咲く』(角川文庫)を紹介します。。
医学館で働く十七歳の娘・佐保が、体にも心にも優しい料理で人々を癒していく、グルメ時代小説シリーズ「お江戸やすらぎ飯」シリーズで人気の著者の新シリーズです。
小間物問屋に住み込みで働いていた千春は、店が潰れてしまい、錺職人の仙吉の家に転がり込んだ。だが、惚れた男に尽くせば尽くすほど嫌われてしまう、損な性分の持ち主である千春は、仙吉に追い出され、住む所をなくしてしまった。新たな働き口を探すも、木材問屋の番頭から夜這いをされる始末。そんな情けない状況を嘆く千春は、通りすがりのお涼から、女だけが住むという長屋に誘われるが――。気鋭による書き下ろし時代長篇。
(本書カバー裏の紹介文より)
二十四になる千春は、惚れっぽく一所懸命に尽くせば尽くすほどに、相手に嫌われる損な性分です。
「おめぇは俺のおっかさんか? え? そうなのか?」
「おかしな人だね。何言ってんだよ。そんなわけないだろう」
笑い飛ばそうとした千春に仙吉は「だ、か、ら」と、さらに苛立たそうな声を上げた。
「母親づらすんなって、言ってんだ! 出てけ、出てってくれ!」
「えっ……」
(『おとめ長屋 女やもめに花が咲く』 P.9より)
千春はお世辞にも美人と言えませんが、たっぷりとした髪と愛嬌の良さは自慢。
勤め先の小間物屋に出入りしていた、役者のような美形の錺職人仙吉に惚れていて念願かなってイイ仲になりました。
先月、住み込みで働いていた小間物屋が店を畳み、千春が住む場所にも困ったときに、仙吉が「じゃ、俺のところに来るかい?」と言ってくれて部屋に転がり込みました。
いつかは夫婦になれると信じていました。ところが。
仙吉の長屋の大家の作兵衛に相談すると、自分の妾になれば住む所に不自由はさせないと言われて手を握られようとします。千春は、大家の手を撥ねのけて、その場を飛び出して、その足で口入屋に飛び込みました。
口入屋が紹介してくれたのは、深川にある木材問屋。
出てきた番頭は馬面で少々不愛想な男で、好みではなかったけれで、即決で雇おうと言ってくれたのでありがたく仕事を始めました。
その夜、くたくたになって布団で寝ていると、「仲良くしようじゃないか」と番頭が夜這いを掛けてきました。
千春は自分の上にのしかかってきた番頭を払いのけて、相手がひるんだ隙になんとか逃げ出しました。気づいたら、大川にかかる橋の上にいました。
「なんでだよ、なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだよ」
呟けば呟くほどに、情けなくてたまらない。このまま川に飛び込んで体中を洗い流したい。大家の作兵衛もあの番頭も人の弱みに付け込んでなんて奴らだ。
「色呆け野郎!」
口に出しても情けなさはおさまらない。ああ、むしゃくしゃする。それもこれも仙吉が出てけなんて言うからだ。
(『おとめ長屋 女やもめに花が咲く』 P.21より)
そんな千春に、通りすがりのお涼が同情半分、面白がり半分で応じてくれて、自分が暮らす、女しか住めない決まりの「おとめ長屋」を紹介してくれました。
おとめ長屋は、乙女ではなく、大家がトメ婆さんから名付けられたもので、トメは十九文屋を営んでいました。
十九文屋とは糸や針といった日用品から、子供の玩具や金物まで、何でも十九文(約五百円)の安売り店のことです。
小間物問屋に勤めていて、客あしらいが得手の千春は、部屋を貸してもらえる上に、店番の仕事も得ることができました。
おとめ長屋には、料理屋で仲居をしているお涼のほかに、洗い張りと着物の仕立てを生業にし、長屋のまとめ役であるシズ、武家の出で、手習いを教えている加恵、廻り髪結いをしているマキが住んでいました。
長屋では、万引きや幽霊騒ぎ、詐欺話などいろいろな騒動が起こり、住人たちの過去と素顔が次第に明らかになっていきます。
笑いと涙を交えて、心をじんわりと温めてくれます。
また一つ、楽しみな作品ができました。
おとめ長屋 女やもめに花が咲く
鷹井伶
KADOKAWA 角川文庫
2022年4月25日初版発行
カバーイラスト:むらたゆか
カバーデザイン:青柳奈美
●目次
第一話 男運のない女
第二話 嘘も方便、癖も方便
第三話 幽霊の正体
第四話 タダでは起きぬ
本文230ページ
文庫書き下ろし
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『お江戸やすらぎ飯』(鷹井伶・角川文庫)
『おとめ長屋 女やもめに花が咲く』(鷹井伶・角川文庫)