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二人の「きたさん」が謎解き、成長する、宮部ワールドを堪能

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『きたきた捕物帖』|宮部みゆき|PHP文芸文庫

きたきた捕物帖宮部みゆきさんの人気時代小説が文庫化された、『きたきた捕物帖』(PHP文芸文庫)を紹介します。

『きたきた捕物帖』の特設ページで、著者は、本書に懸ける想いを以下のように語っています。

(前略)
私はいま、「三島屋変調百物語」シリーズをライフワークとして書き綴っています。それは江戸の怪談なのですが、『きたきた捕物帖』は、謎解きに怪談の要素が加わった物語。
「三島屋」シリーズとともに、私が現役であるかぎり書き続けていきたいと思っています。

宮部みゆき『きたきた捕物帖』|PHP研究所
見習い岡っ引きの北一は、亡くなった千吉親分の本業だった文庫売りで生計を立てている。いつか一人前の文庫売りになることを夢見て……。そんな北一が相棒・喜多次と出逢い、事件の不思議を解き明かすなかで成長していく姿を描く。宮部ワールドの要となる連作...

十六歳の北一は、亡くなった岡っ引きの・千吉親分の本業だった文庫(本や小間物を入れる箱)売りで生計を立てている。やがて自前の文庫を作り、売ることができる日を夢見て。ちょっと気弱で、岡っ引きとしてはまだ見習いの北一が、相棒となる喜多次と出逢い、親分のおかみさんなど、周りの人に助けられながら、事件や不思議なできごとを解き明かしていく物語。宮部ワールドの要となる新シリーズ、待望の文庫化。

(本書カバー裏の紹介文より)

深川元町の岡っ引き、文庫屋の千吉親分が、ふぐ鍋を食べて中毒って亡くなるところから物語は始まります。

北一は、千吉の一番下の子分で、文庫屋に住み込み、暦本や戯作本、読本を入れる文庫(厚紙製の箱)の振り売りが役目でした。

千吉の跡目は、生業の文庫屋は、一の子分の万作とその女房おたまが引き継ぐことになりましたが、岡っ引きの跡目は誰も継ぐことができず、本所深川方同心・沢井蓮太郎に十手を返すこととなりました。

千吉親分のおかみさんの松葉は、文庫屋を出て、冬木町の町家で女中のおみつと暮らすことが決まりました。

北一は、親分と昵懇だった深川の差配人、富勘の手配で、北永堀町にある『富勘長屋』でひとり暮らしをはじめ、万作から文庫を仕入れて振り売りを続けることになりました。

第一話の「ふぐと福笑い」では、ある商家に伝わる「呪いの福笑い」をめぐる騒動に、親分の代わりに、両目が不自由でほとんど外に出ることのない、おかみさんが乗り出すところが描かれていきます。

第二話の「双六神隠し」もちょっと不思議な話です。
同じ手習所に通っている三人の男の子が、拾ったへんてこな双六で遊んだ末に、双六の駒が止まったところに書かれた文字〈かみかくし〉のとおりに、男の子の一人が神隠しに遭ってしまいました。

怪談めいた双六の話を信じない北一は、消えた男の子の行方を捜すとともに、亡くなった千吉親分の教えをもとに、事件の真相に迫りました。

北一は、双六の一件はこれこれこういう企てだという推量を、おかみさんに聞いてもらいました。

「北さんがおつむりを使って考えたことだ。北さんが思うとおりにしてごらん」
 ただ、慎重にね。
「この推量をまず誰にぶつけるのか、相手を間違えたらこじれるよ」
「間違えねようにするには、どうしたらいいでしょう」
「――思いやっておやり」

(『きたきた捕物帖』 P.144より)

良質な落語の人情噺のような第一話、第二話に続き、第三話「だんまり用心棒」では、もう一人のきたさんこと、喜多次が登場します。

この捕物シリーズを飛びぬけて面白く感じるのは、この喜多次の存在にあります。
行き倒れになったところを、扇橋町の湯屋「長命湯」に助けられ、以来、釜焚きをしている若い男です。

 なんとまあ、小柄で貧相な奴だろう。
 同時に思った。水面に映った自分の姿を見ているようだ、と。
 いンや、見栄を張る気はないが、この男と比べるなら、まだ北一の方が見栄えがするんじゃないか。北一はこんなに猫背ではないし、骨と皮みたいに痩せこけてはいない。釜焚きは、ぼうぼうに伸ばした髪をうなじのところで束ねているが、ろくに洗っても梳いてもいないのだろう。塵と灰にまみれている。これなら、薄い髪を短く刈っている北一のほうがこざっぱりして見えるはずだ。

(『きたきた捕物帖』 P.211より)

喜多次の特技は、第四話の「冥土の花嫁」でもいかんなく発揮されます。
この話は、収録された四編の中でもっともミステリー度が高くて、本格捕物帖っぽい話になっています。

千吉親分の一番下の子分で、自身の半人前ぶりを卑下していた北一が、四つの事件を通じて、成長していく様子が描かれ、読み味のよい、誰かに薦めたくなる人情捕物小説です。

きたきた捕物帖

宮部みゆき
PHP研究所 PHP文芸文庫
2022年3月15日第1版第1刷

装丁:こやまたかこ
装画:三木謙次

●目次
第一話 ふぐと福笑い
第二話 双六神隠し
第三話 だんまり用心棒
第四話 冥土の花嫁

《解説》先が気になってしかたがない物語◎細谷正充

本文441ページ

『きたきた捕物帖』(2020年6月、PHP研究所刊)を文庫化したもの

■Amazon.co.jp
『きたきた捕物帖』(宮部みゆき・PHP文芸文庫)
『おそろし 三島屋変調百物語事始』(宮部みゆき・角川文庫)

宮部みゆき|時代小説ガイド
宮部みゆき|みやべみゆき|時代小説・作家 1960年、東京生まれ。 1987年、「我らが隣人の犯罪」でオール讀物推理小説新人賞を受賞。 1992年、『龍は眠る』で日本推理作家協会賞、『本所深川ふしぎ草紙』で吉川英治文学新人賞を受賞。 199...