『八丁堀強妻物語』|岡本さとる|小学館文庫
岡本さとるさんの文庫書き下ろし時代小説、『八丁堀強妻物語』(小学館文庫)を紹介します。
「取次屋栄三」「居酒屋お夏」などのシリーズが好評で、痛快で人情味豊かな時代小説の名手による、新シリーズの第1作です。
日本橋にある将軍家御用達の扇店“善喜堂”の娘である千秋は、方々の大店から「是非うちの嫁に……」と声がかかるほどの人気者。ただ、どんな良縁が持ち込まれても、どこか物足りなさを感じ首を縦には振らなかった。そんなある日、千秋は常磐津の師匠の家に向かう道中で、八丁堀の同心である芦川柳之助と出会い、その凛々しさに一目惚れをしてしまう。こうして心の底から恋うる相手にようやく出会えたのだったが、千秋には柳之助に絶対に言えない、ある秘密があり――。「取次屋栄三」「居酒屋お夏」の大人気作家が描く、涙あり笑いありの新たな夫婦捕物帳、開幕!
(『八丁堀強妻物語』カバー裏の紹介より)
主人公の千秋は、日本橋通南一丁目の扇店“善喜堂”の娘で、歳は十九歳。
やや下ぶくれの顔は愛嬌に満ちていて、体つきもふくよかでほのかに丸みを帯びていて、“ぼっとり者”と言われます。
その上に利口で快活ということから、縁談も引く手あまたです。
――いけない!
背後からひたひたと敵が迫って来た。
焦れば焦るほど、体が言うことを聞かない。
――もはやこれまでか。
絶望に襲われた時。
千秋は目覚めた。
(『八丁堀強妻物語』P.6より)
千秋には、時折、板塀と板塀の狭間に体が挟まり、前にも後ろにも行けなくなってしまう、背後から敵が迫ってきて絶体絶命という悪夢をよく見ます。
それには、深い理由がありました。
善喜堂は、将軍家御用達をつとめるかたわら、裏の役目を持っていました。
一刀流の祖、伊藤一刀斎門下の弟子・善鬼が祖先でした。
弟弟子の小野次郎右衛門忠明との後継争いに敗れた善鬼は、一刀斎より、陰の武芸指南役として市井にあって徳川家に仕えるように告げられました。
善鬼は江戸の市井で扇店“善喜堂”の主となって暮らし、隠密や隠し目付といった、徳川将軍家から密命を受けた武士たちの繋ぎ場とし、蔵の中に武芸場を設け、彼らに特殊な戦闘法を指南してきました。
それから二百年以上が経った文政十年(1827)の善喜堂の当代・善右衛門の裏の顔は“影武芸指南役”で、将軍家の諜報活動を密かに支えています。
息子の喜一郎はその跡を継ぐべくして育てられ、その妹千秋も生まれた時から“影武芸指南役”の娘であるという秘事を負い、それにふさわしい武芸を幼い頃から仕込まれてきました。
千秋は幼い頃から、傑出した武芸の才を発揮し、身のこなしの軽さ、勝負勘もあり、隠密行動に駆り出されることも少なくありませんでした。
二年前の文政八年九月。
十七歳になった千秋はにの、老中・青山下野守から出動要請が下されました……。
ところが、この出動により千秋は大きな試練を経験することになります。
大店のお嬢様が、凄腕の女武芸者という裏の顔を持つという設定が面白く、しかもそのお嬢様が南町奉行所同心、芦川柳之助に一目惚れしてしまい、その恋を成就しようと奮闘するという展開から、目が離せなくなりました。
人情の機微に触れられる、痛快な夫婦捕物帳の誕生です。
善鬼は、藤沢周平さんの『決闘の辻』に収録された短編「死闘(神子上典膳)」に登場します。
ちなみは神子上典膳(みこがみてんぜん)は、後の小野忠明です。
八丁堀強妻物語
岡本さとる
小学館 小学館文庫
2022年2月9日初版第一刷発行
カバーイラスト:あわい
カバーデザイン:長崎綾(next door design)
●目次
第一章 千秋
第二章 柳之助
第三章 恋
第四章 連理
第五章 八丁堀
第六章 試練
第七章 潜入
第八章 強妻
本文281ページ
本書は、「STORY BOX」2021年4月号~5月号、7月号~12月号に掲載された作品を加筆改稿したもの。
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『八丁堀強妻物語』(岡本さとる・小学館文庫)
『取次屋栄三』(岡本さとる・祥伝社文庫)
『居酒屋お夏』(岡本さとる・幻冬舎時代小説文庫)
『決闘の辻』(藤沢周平・新潮文庫)