『渦巻いて 三河牧野一族の波瀾(下)』|岩瀬崇典|文芸社
岩瀬崇典(いわせたかのり)さんの歴史小説、『渦巻いて 三河牧野一族の波瀾(下)』(文芸社)をご紹介します。
徳川家の家臣から譜代大名となるなった牧野家のルーツに興味があり、牧野の武将が登場する歴史時代小説を読んでみたいと思っていたところ、本書に出合いました。
上巻では、室町時代半ばから始まる、牧野一族の百年に及ぶ歴史がギュッと凝縮して描かれていて興味深く読み進めることができました。
ただ、牧野家ばかりでなく、その家臣団も親子孫と何世代にもわたって多彩な人物が登場し、誰が誰やら混乱しそうなので、かたわらに登場人物一覧のメモを作って読み進めました。
康成は父成定から聞いていた昔話を思い出していた。
“この地に命を授け、この地の者と一心同体、苦楽を共にせよ”
そして、『常に戦が起きていると思いながら生き延びよ。それは決して争いに勝つだけがすべての手段ではない』
『常在戦場』である。(本書カバー帯の紹介文より)
下巻は、天文年間(1532~1532年)、牛久保城主が牧野保成の頃から始まります。
十年の武者修行に出ていた、大林勘助が牛久保に帰ってきて、養父母の大林勘左衛門と菊と久々の対面を果たしました。
「勘助、武者修行はいかがであった? その傷を見るに痛々しい」
「人に会うたび必ず言われます。戦のたびに浪人として出陣し、傷を負いました。傷の数だけたくさんのことを得てまいりました」
(『渦巻いて 三河牧野一族の波瀾(下)』 P.33より)
左目に傷を負い視力を失った勘助は、武者修行で得たものがある一方で、大切なものも失っていました。勘助は一夜を大林家ですごし、亡くなった実父母の姓である山本に戻し、再び武者修行を続けるのでした。
三河から旅立った山本勘助は、やがて武田信玄に仕官することとなりました。
そう、信玄の軍師、山本勘助も三河牛久保の出身でした。
今川義元の死の三年後、松平元康(後の家康)と今川氏真が激突し、一万の軍勢を率いた氏真は牛久保城に本陣を置きました。
牧野保成が出陣して松平勢に突っ込み討ち死にをし、武田が駿河に攻め入るという情報が舞い込んで、氏真は兵を引き上げてしまい、牛久保城は落城寸前です。
「これを見よ」
成定は煤だらけの筒から、巻かれた掛け軸を取り出した。そして、ゆっくりと広げて皆に見せた。
『常在戦場』
この四文字が書かれていた。
(『渦巻いて 三河牧野一族の波瀾(下)』 P.96より)
今川家への御恩と全員討ち死の危機に、牧野家臣団の中で、今後の進退について意見が割れる中で、牧野宗家の成定は、祖父牧野古白が子に伝えた家訓『常在戦場』を披露し、最後の最後まで戦い抜き、今川家への忠義は尽くしたではないか、これ以上命を無駄にしてはならぬと説きました。
その日より、元康への帰属を進めていくこととなります……。
牧野康成は、父成定から贈られた「常在戦場」の言葉を胸に、家康の配下の武将として成長していきます。
康成とその子、忠成の物語、本書の続編をいつの日か、読んでみたいと思います。
本書で描かれる、徳川家臣団の重臣・牧野一族は、江戸時代に入ると、長岡藩、笠間藩、小諸藩など譜代大名となりました。その一つ、長岡藩には、「常在戦場」という言葉が伝わっていました。
新潟県出身の小説家火坂雅志さんの歴史小説に『常在戦場』という短編集があります。表題作は、成定の孫・牧野忠成を主人公に描かれています。
牧野家に興味を持たれた方には、こちらもおすすめです。
渦巻いて 三河牧野一族の波瀾(下)
岩瀬崇典
文芸社
2022年2月15日初版第一刷発行
題字、カバー作品:夏目珠翠(書道家)
カバーデザイン:横塚英雄
●目次
これまでのあらすじ
運命に導かれ
先祖の想い
炎上
新時代
奇襲作戦
あとがき
本文183ページ
書き下ろし。
■Amazon.co.jp
『渦巻いて 三河牧野一族の波瀾(上)』(岩瀬崇典・文芸社)
『渦巻いて 三河牧野一族の波瀾(下)』(岩瀬崇典・文芸社)
『常在戦場』(火坂雅志・文春文庫)