『満鉄探偵 欧亜急行の殺人』|山本巧次|PHP文芸文庫
山本巧次(やまもとこうじ)さんの昭和ミステリー、『満鉄探偵 欧亜急行の殺人』を紹介します。
著者は、2015年に、第13回「このミステリーがすごい!」大賞隠し玉となった、『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』でデビューし、同シリーズで人気を博しています。
鉄道に関する豊富な知識と謎解きの面白さが融合した、『開化鐵道探偵』など、鉄道×歴史×ミステリーの書き手としても注目されています。
昭和十一年、満州。南満州鉄道株式会社資料課の詫間耕一は、総裁・松岡洋右の命を受け、密偵の辻村とともに社内で頻発する書類紛失事件を調査することに。しかし調査対象だった人物が殺され、容疑者を追って乗り込んだ哈爾浜行きの急行列車の中で、さらなる殺人事件が……。
謎の中国人美女、関東軍、ロシアのスパイらの思惑や陰謀が渦巻く中、詫間は真相に辿り着けるのか! 怒濤のエンタメミステリー。(本書カバー裏の内容紹介より)
昭和十一年、夏。
南満州鉄道株式会社、通称満鉄の資料課に勤務する詫間耕一は、総裁の松岡洋右に呼び出されて、社内で頻発する書類の紛失を調査するように命じられました。
満鉄の事業内容に関する書類は、内外の満州に進出を考える企業ばかりでなく、関東軍や、北支の軍閥、国民党、ソ連も欲しがるものでした。調査を始めると、元大陸浪人で社内にも出入りする情報ブローカーの塙が浮かび上がりました。
ところが、塙は自宅で鈍器で頭を殴られて死んでいるのが見つかりました。
犯行があった夜、家の近くで白っぽい旗袍(チーパオ、チャイナドレス)を着た若い女が目撃されていました。
「こんばんは。ご指名ありがとうございます」
声に振り向くと、春燕(シュンエン)がにっこり微笑み、耕一の隣に腰を下ろした。耕一は眉を上げた。紅蘭(ホンラン)より一枚上の美形だ。旗袍に縁どられた体の線も、素晴らしい。思わず生唾を呑み込みそうになった。
「初めてのお客様ね。塙さんのお知り合いと伺いましたけど」
おや、と思った。紅蘭と違い、訛りのない極めて流暢な日本語だった。
(『満鉄探偵 欧亜急行の殺人』P.51より)
耕一は、塙の部屋にあったマッチ箱に書かれた、倶楽部紗楼夢(クラブ・シャローム)という名のナイトクラブを訪れ、塙が執心だった女給の春燕から話を聞きました。しかしながら、聞き上手の春燕に会話の主導権を握られ、春燕が殺人事件にかかわっているのではないかという疑念が芽生えました。
翌日、松岡のところに、塙が殺されて見つかった件と、その調査で倶楽部紗楼夢を訪れた件を報告に行きました。
そこで、満鉄社員には見えない、新米の大陸浪人か遊び人といった雰囲気の若者、辻村志郎を紹介され、助手兼用心棒として、一緒に動くように命じられました。
「その春燕という女給は、怪しいのかね」
「まだわかりません。一癖ありそうなのは確かですが」
「それに、頗る美人でもある」
辻村が、ニヤリとしながら言った。耕一は、総裁の前で不謹慎な奴だと顔を顰めかけ、ぎくりとした。(『満鉄探偵 欧亜急行の殺人』P.62より)
真面目で熱血感の耕一と軽薄で謎めいたところもある志郎の凸凹コンビの誕生です。
二人は、書類紛失の鍵を握る男を追って、南満州鉄道の欧亜急行に乗り込みます。
列車には、塙と関係のあったソ連のスパイのほかに、ソ連の手先の可能性も考えられる、ドイツ人技師、ポーランド人貿易商、フランス人記者の三人の欧州人、帝国陸軍少佐で哈爾浜特務機関の諸澄、大連憲兵隊の柴田中尉、さらに、銀幕スターが演じる美貌の女スパイのような春燕まで、急行に乗車していました。
大連から哈爾浜(ハルピン)まで向かう、欧亜急行内での描写が圧巻。臨場感豊かで、
鉄道ファンならずとも、雰囲気のある鉄道車両に心が躍りました。
哈爾浜から満州里まで、列車をさらに乗り継ぎます。
謎解きと冒険の旅は続き、興安嶺山脈の山を越え砂漠を通り、西部劇のようなアクションシーンも織り込まれて、ワクワクドキドキが止まりません。
満鉄探偵 欧亜急行の殺人
山本巧次
PHP研究所 PHP文芸文庫
2022年1月20日第1版第1刷
装丁:岡本歌織(next door design)
装画:六七質
目次
第一章 大連
第二章 欧亜急行
第三章 興安嶺
第四章 満州里
第五章 星ヶ浦
本文308ページ
文庫書き下ろし。
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