『拙者、妹がおりまして(4)』|馳月基矢|双葉文庫
馳月基矢(はせつきもとや)さんの文庫書き下ろし時代小説、『拙者、妹がおりまして(4)』(双葉文庫)を紹介します。
本所相生町に住まう御家人白瀧勇実(24)と、六つ下の妹千紘(18)、白瀧家の屋敷の隣にある剣術道場の跡取り息子で勇実より二つ下の龍治(22)。そして、猪牙舟から大川に落ちたところを勇実に助けられた娘菊香(20)。四人の若者の日常の出来事を描く青春時代小説の第4弾です。
白瀧家におえんという艶やかな女が「しばらく置いてほしい」と訪ねてきた。驚いたことにかつて勇実とただならぬ仲だったらしい。かっと頭に血が上った千紘は龍治や菊香を巻き込んで、すぐさま追い出したのだが……身勝手な振る舞いはその胸にしこりを残す。
一方、しばし呆然と過去の恋をなぞっていた勇実は、この一見によって今、己の心が奈辺にあるかを改めて確かめる。そのほとぼりも冷めぬうち、菊香の釣り合わぬ縁談を知らされた勇実は――。悩み多き江戸の青春群像、ファン急増中のシリーズ第四弾!(『拙者、妹がおりまして(4)』カバー裏の内容紹介より)
文政五年(1822)四月のある日。
白瀧家におえんという艶っぽい美しい女が訪ねてきました。
「お久しぶり。あの頃よりもがっしりして、男前になったじゃない。もう坊やだなんて言えないわねえ」
艶やかで厚みのある唇は紅を差してあるが、本当はその必要もない。その唇は素肌のままでも熟れたように赤く、そして、とろけんばかりに柔らかいのだ。
勇実は息苦しさとめまいを覚えた。心の臓の鳴る音がいやに大きく聞こえる。
もう忘れたつもりでいたのに、なぜ。(『拙者、妹がおりまして(4)』P.15より)
勇実が初めておえんに会ったのは、六年前の春のことで、十八になったばかり勇実は日本橋橘町の書物問屋から写本の仕事を請け負うようになっていました。
おえんは、その書物問屋の裏手にある水茶屋を一人で切り盛りしていました。
勇実よりも一回り上で、上背がありながらも、肉づきがよく、粋に着崩した小袖の下に、どこもかしこも丸みを帯びた体の線が見て取れる、艶っぽい大人の女性でした。
まじめと言われることの多い勇実とて、当時は十八の健やかな男だった。ふとした弾みに女の人肌の色香を嗅ぎ取って、体の奥に火がおこるような心地になることもあった。
ただ、これほど強く、もっとこの人のことを知りたい、この人の心も知りたいと求めてしまうのは、初めてだった。(『拙者、妹がおりまして(4)』P.21より)
第3巻までの展開から、勇実は女の子にはあまり興味を示さない、奥手の青年と勝手に思っていたので、今回の展開は衝撃的でした。
勇実の青くて未熟な恋、年上の女に憧れる男の子の恋心はリアリティがあって、共感を覚えました。
昔の恋を描いた第一話が、今の恋を描く第四話の菊香の縁談話につながる構成が見事で、悩める若者たちを描く、江戸の青春群像は、ひとつの山場を迎えたように思われます。
恋模様ばかりでなく、勇実の手習所の筆子(生徒)たちが誘拐事件に勇敢に立ち向かう、第三話の「仲間の印」もワクワクさせられました。
主な登場人物の紹介ページが、似顔絵のイラスト入りで、「白瀧勇実(二四)」のように表記されていました。
多彩な人物によって繰り広げられるシリーズものでは、このような親切な人物紹介は、これまでの巻の復習もできて、役に立つうれしい試みだと思いました。
拙者、妹がおりまして(4)
馳月基矢
双葉社 双葉文庫
2022年1月16日第1刷発行
カバーデザイン:bookwall
カバーイラストレーション:Minoru
●目次
第一話 火遊びの頃
第二話 花と雁と蝶と
第三話 仲間の印
第四話 菊香の縁談
本文253ページ
文庫書き下ろし
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『拙者、妹がおりまして(1)』(馳月基矢・双葉文庫)
『拙者、妹がおりまして(2)』(馳月基矢・双葉文庫)
『拙者、妹がおりまして(3)』(馳月基矢・双葉文庫)
『拙者、妹がおりまして(4)』(馳月基矢・双葉文庫)