『いい湯じゃのう(一) お庭番とくノ一』|風野真知雄|PHP文芸文庫
風野真知雄の時代小説、『いい湯じゃのう(一) お庭番とくノ一』(PHP文芸文庫)をご恵贈いただきました。
一風変わったユニークな設定で、肩の凝らない軽妙な時代小説を得意とする著者の新シリーズは、肩凝りに悩まされる将軍徳川吉宗が登場します。
八代将軍・徳川吉宗は、ひどい身体の凝りに悩まされていた。熱海の湯を江戸に運ばせることで、その苦しみを癒していたが、どうしたわけか、急に湯が届かなくなる。さらに熱海だけでなく、草津、箱根の湯にも異変が起きたらしい。吉宗の一大事に、お庭番とくノ一が調査へと向かうことに。一方、江戸では独自の「湯の神信仰」を説く天一坊なる者が現れ、町奉行の大岡越前がその素性について探索を始めるが……。新シリーズ第一弾。
(『いい湯じゃのう(一) お庭番とくノ一』カバー裏の紹介より)
いまは享保十三年(1728)の初夏。四十五歳になった将軍吉宗は、このところずっと、ひどい肩凝りに悩まされ、ご機嫌斜めでした。
「あまりにおつらそうなので、少しだけ肩をお揉みましょうと手をかけましたが、とてもわたしの力では歯が立ちません。その硬さときたら、肩からツノでも生えてきているのかと思いました」
と、曹純は言った。
「ツノだと?」
「もうカッチカチですぞ。昨日あたりから腕が肩より上に持ち上がらず、こうやって両手が水平になるところまではどうにか持ち上げて、わしは石で彫られた案山子のような気分だと」
(『いい湯じゃのう(一) お庭番とくノ一』P.7より)
茶坊主の頭、児島曹純は、老中水野忠之と安藤信友、勘定奉行稲生正武に、吉宗のひどい肩凝りの状態を報告しました。
揉み治療の技で吉宗の身体を癒してきた二代目の板鼻検校が半年前に亡くなり、もう一つの凝りを治す特効薬であった「熱海の湯」も十日も届いていない変事が起きていました。しかも、異変は熱海だけでなく、草津と箱根の湯でも不祥事に見舞われていました。
吉宗は、お庭番の頭領、川村一甚斎に、熱海の湯に何か異変が起こっているのか調査をすることができるか、尋ねました。
「むろんにございます。それにぴったりの男がおります」
一甚斎は、微妙に困った顔をして言った。
「ぴったりの男とな?」
吉宗が怪訝そうに一甚斎を見た。
「全国の温泉は、山奥の秘湯まですべて入ったことがあるばかりか、その泉質から効能まで、すべて知り尽くしたと豪語しております」
「それは、まさか、湯煙り権蔵ではないよな?」(『いい湯じゃのう(一) お庭番とくノ一』P.27より)
湯煙り権蔵は、お庭番仲間では伝説の男でで、歳は五十代半ば。
とにかく温泉とか湯屋とかが大好きで、湯のなかにいるときは天下無敵で権蔵に勝てる者はいないといいます。
ところが、湯から出れば思いっきりただの人で、見た目も冴えない、好色なだけの初老の男に成り下がってしまいます。
一甚斎は、権蔵一人だけでは不安と、腕の立つ美貌のくノ一、あけびをお目付け役に付けることにしました。
一方、江戸の湯屋で天一坊なる山伏が「湯の神信仰」にもとづく、治療を行っていました。
湯屋で町人たちに交って、天一坊の医療行為を見た南町奉行大岡越前は、天一坊の正体を探ろうとします……。
温泉地を調査する珍道中をするお庭番・湯煙り権蔵とくノ一あけびのコンビ、上さまの落とし胤を名乗り、“湯の神”の教えを説く天一坊、そして将軍に江戸の湯屋に入る入って湯屋を助けるよう目安箱に投じた火消しの丈次。
第一巻は、多彩な登場人物たちが、それぞれの思惑を持ってドタバタ劇を繰り広げる顔見世編。2022年3月刊行予定の第二巻が待ち遠しくなりました。
物語中に登場する板鼻検校は、根岸肥前守鎮衛の著した『耳嚢』の「巻之三 盲人吉兆を感通する事」にも登場する実在の人物だそうです。
いい湯じゃのう(一) お庭番とくノ一
風野真知雄
PHP研究所 PHP文芸文庫
2022年1月20日第1版第1刷
装丁:芦澤泰偉
装画:おとないちあき
●目次
第一章 ご機嫌斜め
第二章 天一坊
第三章 くノ一を連れて
第四章 落とし胤
第五章 い組の丈次
第六章 天下が肩に
第七章 目安箱
第八章 熱海の曲者たち
第九章 策士の陰謀
第十章 まさか上さまが
本文280ページ
本書は2019年2月から2020年11月にわたって「河北新報」「新潟日報」「中国新聞」「福島民友新聞」「大分合同新聞」など各紙に順次掲載された作品を加筆修正したもの。
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『いい湯じゃのう(一) お庭番とくノ一』(風野真知雄・PHP文芸文庫)