『高瀬庄左衛門御留書』|砂原浩太朗|講談社
砂原浩太朗さんの長編時代小説、『高瀬庄左衛門御留書(たかせしょうざえもんおとどめがき)』(講談社)を紹介します。
著者は、2016年、『いのちがけ 加賀百万石の礎』で第2回決戦!小説大賞を受賞し、作家デビュー。本書で、2021年、第165回直木賞候補となり、第11回「本屋が選ぶ時代小説大賞」と、第15回舟橋聖一文学賞を受賞しました。
次代を担う歴史時代小説の書き手の一人として注目しています。
神山藩で、郡方を務める高瀬庄左衛門。
五十を前にして妻を亡くし、息子をも事故で失い、ただ倹しく老いてゆく身。
息子の嫁・志穂とともに、手慰みに絵を描きながら、寂寥と悔恨の中に生きていた。
しかしゆっくりと確実に、藩の政争の嵐が庄左衛門に襲いくる(カバー帯の説明文より)
神山藩で、郡方を務める高瀬庄左衛門は、二年前に妻・延を亡くし、一人息子啓一郎も事故で失いました。
同じ郡方の本役に就いた息子にかけた希望はついえ、後に残された嫁志穂との間には子もなく、家が絶えるかも恐れに心を乱され、老いに向かって、寂寥と悔恨の中に生きていました。
「義父上がお描きになる絵を見たとき――」眼差しにひたむきな色がやどっている。「胸のうちが温かくなりました」
そのことばへ導かれるかのように、志穂の唇を見つめる。いつしか、うしなわれていた赤みがもどっていた。(『高瀬庄左衛門御留書』P.23より)
庄左衛門が手すさびに描く絵を見た志穂は、胸のうちが温かくなると称賛し、夫を失い実家に戻った後も、絵を習いたいと庄左衛門の家に出入りを続けます。
神山藩では昨年まで三年間、不作に見舞われ、藩士の禄は大幅に借り上げられ、庄左衛門ら軽輩は苦しい内証で、ぎりぎりまで追い詰められていました。
藩内では政争の嵐が吹き荒れ、志穂の弟が一派に加担し、庄左衛門もその渦中に巻き込まれていきます。
そんな折、庄左衛門は、藩校の助教の若者・立花弦之助と出会います。
弦之助は、三百石の目付の家に生まれ、藩校での考試では首席を得て、江戸に遊学していて国に戻ったばかり。おまけに容姿すら人目を惹くほど際立ったもので、世の輝かしさがあまさず降り注いだようで、失った息子啓一郎とつい比べてしまい嫉妬の思いを抑えきれずにいました。
――すべてを持つ者など、いるわけがなかったな。
そのようなことは最初から分かっていたはずだが、おのれの嘗めてきた理不尽にのみ目が向いていたらしい。五十年生きてこのざまかと心づけば、いたたまれぬほど恥ずかしかった。理不尽というなら、世は誰にとってもそうしたものであるだろう。
(『高瀬庄左衛門御留書』P.105より)
家族を失い人生に希望を見出せない庄左衛門が、ある出来事を通じて、気づきを得ました。
庄左衛門と志穂の微妙な関係を縦糸に、藩内で次々に起こる騒動を横糸に、物語は端正な美しい文体でつづられていきます。
家族を失い、諦めと悔恨の中にいた庄左衛門がやがて自分を取り戻し、再起していく様に、深く快い感動を覚えました。
人生の後半戦を迎え、悩める人たちにエールを送る一冊です。
高瀬庄左衛門御留書
砂原浩太朗
講談社
2021年1月18日第一刷発行
装幀:芦澤泰偉
装画:大竹彩奈
●目次
一年目
おくれ毛
刃
遠方より来たる
雪うさぎ
夏の日に
二年目
嵐
遠い焔
罪と罠
花うつろい
落日
本文335ページ
初出:
「おくれ毛」「小説現代」2018年8月号掲載
そのほかの章は書き下ろし
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『高瀬庄左衛門御留書』(砂原浩太朗・講談社)
『いのちがけ 加賀百万石の礎』(砂原浩太朗・講談社文庫)